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猫に捨てられた飼い主

都合のいい時にだけ眉を垂らしてあごを引き、上目遣いで見つめてくる。

気分次第で頬を擦り寄せ足を絡め、唇をなぞって身体を這うように甘えてくる。

そんな君が可愛くって、愛おしくって、そして堪らなく羨ましかった。

「私は今日飼っていた猫に捨てられた。」

深夜2時。

ベットの中で気持ちよく眠っていた私の耳元で鳴るスマトーフォン。夢と現実の狭間でぷかぷかした頭をお越し手を伸ばす。

「こんな時間にかけてくるやつはあいつしかいない」

ひかる画面は眩しくて、表示された名前になんて目もくれず電話に出た。

「はい、どうし「今どこおる〜」

出るや否や私の言葉を遮って聞こえてきた甘えるような声。

「ベットで男と寝てる」

わざと君の気を煽るように口にした言葉。それなのに嘘なんてことはバレバレで。

「飲み過ぎて吐きそー...助けて」

今度は死にそうな声で助けを乞う。どうやら君の声は七変化するらしい。

「またぁあ?飲み過ぎ良くないって言ってるじゃん。大丈夫?うごける?」

私の脳裏には不安と淡い期待が宿ったのがわかった。

「駅前におる。さみぃ」

「当たり前じゃん!とりあえずマッ○入りな」

この時間に空いている居酒屋以外の休めそうなところと言えば駅のすぐ目の前にある某ハンバーガー屋さんくらいだった。

「ふぁ〜い」

酔ってふらふら歩く音が耳でわかった。

「そこで安静にしてなね」

これで一件落着。

...なんてことは無く、君はいつものように私の母性本能をくすぐってくる作戦に移行するのだ

「助けに来てくれんの〜?」

(ほら、はじまった)

「今何時だと思ってんのw」

君の問いに突っ込みながらも、求められることに愉悦する。

(君は酔うと、いつも私に電話をかけてくるよね。それって信頼されてるって思っていいのかな)

「えー。声聞いたら、会いたくなった」

「さすがに今からはきついw」

簡単には「うん。」なんて言わない。
(もっと求めてほしいもっと求められたい。私がいないとだめになっちゃえばいい。)

「じゃあ俺が行く待ってろ」

「私のマンション男子禁制だし」

「えー。会いたい。...だめ?」

トドメの一言。
(「私だって会いたいよ」なんて口が裂けても言わないし、言えない。)

「うーん、じゃあそこで待ってて。タクシー呼ぶ」

「うっしゃあ。うん、待ってる」

一瞬にして明るくなった君の声色にはいつも参る。今夜も私の負け。

「私、なんでこんな君に甘いんだろ」

「へへっ」

(負けることがこんなにも気持ちいいなんて君に会うまでは知らなかったよ。)

「じゃあ準備するから切るね」

「りょー」

ピッ。

電話を切ってタクシーを呼ぶ。その間の10分で適当な服に着替え、髪を整えたら化粧もせず家を飛び出す。

飾らない自分で会いにいく。片道5000円のタクシー代なんて全然高く感じなかった。環七通りを走ってる間いつも聴くのはRADWIMPSの「愛し」だった。

駅の近くに停めてもらい領収書をもらうと足早に駅前のマッ○の階段を上った。

向かいあって座る大学生カップルの横を通り抜ける。パソコンと向き合い黙々と作業する男性を横目にひとつ席の空いた横の椅子に座って、カウンターに顔を伏せる君を見つける。静かに隣に座った。

「うううっ」

辛そうな呻き声をあげ、アルコールと闘ってるみたいだ。どうやらこちらには気づいてない。

そっと、髪の毛を優しく触れる。

「んん、?!?」

ガタッと音を立てて起き上がり驚いた顔でこちらを見つめる。

「おはよ(笑)」

アホっぽい顔に思わず笑いがこぼれる。

「わ、本物...?」

恐る恐る、手を伸ばし私のほっぺをつまんで横に引っ張っり確認作業をする君

「痛い痛い!(笑)それって本来自分にやるものでしょw」

その言葉に夢じゃないと確信したのかへらっとゆるく笑いながら、

「本当にホンモノだ。」

と言ってまた再び顔をカウンターに伏せてしまった。

「いや、迎えに来たんだから一緒におうち帰るよ〜」

「...おうち?」

「そう、君のおうち。」

「ほら、一緒に帰ろ?」

「動けない...」

「わがまま言わないのー」

「ここで寝るっ!」

「朝5時には閉まるんだから全然寝れないよ。帰って温かいお布団でゆっくり寝た方が100倍気持ちいいよ。」

「うーん...帰る」

まるで幼稚園児と話してるみたいで「よしよし。」と頭をぐしゃぐしゃに撫でてあげたくなった。

「ううー寒い。」

いつもは自分から手なんて握ってこないのに、こういう時だけは自分から手を引いてくる。

「寒いね。明日は仕事?」

「やすみー」

「そっか、じゃあゆっくり寝られるね」

「うん」

他愛もない話をしながら歩きなれた道を往く。この景色を見るたび、わたしは帰ってきたという安心感につつまれる。

階段を上った二階の角。君の部屋はいつも綺麗に整理整頓されていた。

靴を脱ぎ捨て着替える余裕もなく君はベットに崩れ落ちる。布団をかけ直し、君の横に静かに潜り込むと腕を引かれてすっぽりと胸の中に埋まった。

「温かいね」

そっと呟き君を見上げると、もう夢の世界へとワープしてしまっていた。

私はそんな君の寝顔が愛おしくて、「おやすみ」と呟き眠りについた。

翌朝、ふと目を開け時計を見ると時刻は11時を回ろうとしていた。

もうすぐお昼か。起き上がろうとすると隣にいた君が寝ぼけ眼で

「どこいくん?」
と聞いてきた。

「どこにも行かないよ」
と返事をすると、今度は半開きだった目をまん丸くしてこっちを見る。

「なんでここにいるの?」

拍子抜けしたような言葉に耳を疑う。

「昨日の夜のこと覚えてないの?」

「うん、全く」

信じられない...。私は愕然とした。君の言葉の真実はどっちなのかわからないがもし本当に覚えてないのであればそれはなんか悔しい。

「君はマッ○で吐いたことも?」

記憶がないのであれば嘘を教え込むこともできる。

「え、俺やらかした?」

「さあ。」

「えーまじか。どっちだよ。」

「記憶無い方が悪い」

「いや、本当に無いんやって」

酔いが覚めて夜が明けると、一気に夢の世界から現実に引き戻される。

あれだけ甘えてきた君も、朝になったら自由気ままに私の身体の横をすり抜けスマートフォンを弄る。

「誰に返事返してるの?」ってきくわけでもなく、ただその横で同じようにスマホを弄り出す。

そして君は、まるで昨晩は何事も無かったかのように「じゃあ俺、ちょっと作業したいからスタバ言ってくるわ。鍵閉めたらポストの中入れといて」とだけ言って部屋を出るのだ。

その日以来、君からの連絡は今も尚、途絶えたまま。

「私は飼っていた猫に捨てられた。」

飼っていたと思っていた猫に飼い慣らされてたのは実は私の方だったのかもしれない。

「私がいないとだめ」だと思っていた君はいつの間にか「君がいないとだめ」な私をつくっていたのかもしれない。

甘えていたのは私の方で、利用していたのも私なのかもしれない。

「私は飼っていた猫に捨てられた」

ミイラ取りがミイラになるとはまさしくこのことなのかもしれないな。

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ゆるみな。
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