下戸な私が「クラフトビール」を、溺愛するようになったきっかけ。
「とりあえず生で。」
日本社会に浸透した【飲み会の定型文】といっても過言ではない、この台詞はまさに人の集団心理、固定概念を具現化した言葉と言っていいです。
この言葉に苦しめられた人間も少なからずいると思います。私もそのうちの一人でした。
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成人を迎えめでたく大人の仲間入りを果たすと、自ずと「飲み会」に誘われることも増えます。当時20歳の私はあまりお酒が得意では無かったものの、友達や先輩と交わすお酒の席での会話が好きで積極的に参加していました。
しかし、学生が行く居酒屋のビール( ※ここでのビールは日本の大手企業で扱うラガースタイルのもののこと。 )は、どうも好きにはなれずいつも極限まで薄まったハイボールか梅酒を飲んでいたんです。
《なんでこんな苦くて美味しくないアルコールを、大人たちは好んで飲むんだろう...》《それぞれ味の好みが違うのに、一杯目にビールを必ず頼まなくちゃいけない習慣って正しいのかな》など疑問ばかりが浮かびました。
学生時代、クラスの飲み会では仕方なく1杯目に「とりあえずビール」と頼んではいましたが、ほとんど飲まずにビールが好きな人に譲渡していたんです。今考えると本当に無意味なことしていたなあ...。
私は新しいお酒を頼まなきゃいけないし、店員さんはその追加注文を受けなきゃだし、何より飲みかけのちょっとぬるくなったビールを飲まされる誰かにとても申し訳ない気持ちになりました。
それでもまだ、無理に飲まなくていい環境だったため「苦手だけど空気を壊すのも嫌だし一口くらい我慢するか。」という心持ちで2年間をやり過ごすことができたのだと思います。
しかし、社会人になった途端環境は一変。毎日、12時間労働の週一休み。残業手当はなく出勤カードを切ってのサービス残業。女性だけの職場ということもありやっかみ合い・いがみ合いが絶えませんでした。
本社の社員も店舗で働く従業員もストレスフルで仕事をしていたため、頻繁に愚痴ばかりの飲み会が行わました。当時の私は、新卒で入った一番下っ端の従業員だったため「断る権利」などありませんでした。
今思い返すとなんてくだらない先入観だろうと思います。その時の私は見ている世界が自分の全てだと思っていたんですよね...
朝9時に出勤して10時に開店、夜9時に閉店したのち10時まで閉店作業。その後、深夜1時まで飲み会。飲みの席では有無を言わさず「ビール」の一気飲みを強要され、嫌いなお酒を日々胃に詰め込んではトイレでもどすを繰り返していました。
次第に体力的にも精神的にも疲れ果て、朝起きて出勤するのも仕事が終わるのも億劫で唯一の癒しは休日に会える大好きな人との時間だけになっていきました。
そして4月から働き始めてわずか3ヶ月後の7月。とうとうストレスで胃に穴が空き、倒れてしまったのです。
急性胃腸炎。
突然の腹痛と嘔吐によって私は救急車で運ばれました。気づいたら病院のベットの上に寝せられ、点滴の針が腕に刺されていました。この時初めて「このままでは会社に殺される」と思い、朦朧とする意識の中「会社を辞めよう」と決めたのです。
それからしばらくして無事退院し、会社を辞めて今ではフリーランスとしてストレスも少なく生活出来ています。
一方で急性胃腸炎で倒れた苦い思い出により、完全に「ビールが苦手」というアイデンティティが確立しました。以来、「ビール」という飲み物からは無縁の生活を送っていました。
ビール離れから約一年、フリーランスとして独立したばかりの頃。お世話になっていた先輩にベルギービールの専門店へと強制連行されるという事件が起こったのです。
ビールが苦手なことを知っていて、敢えてビールの専門店に連れていくこの男はきっととんでもないサディストなんだと思いました。
しかし、お世話になっていた手前(あの頃は叶わない片思いでもあったため)渋々、その提案を承諾しました。
重い足取りでドアを開けると、雰囲気のいいバーのような空間が広がっていました。カウンターと、少しのテーブル席だけの静かな落ち着いた雰囲気の店内。
「...あれ?」
ビール専門店というのだからもっと騒がしく、サラリーマンのおじさんたちが賑やかに飲んでいるものだと思っていたので面を食らう私。
「どうぞ、座って。」
マスターが丁寧にカウンター席へと私たちを誘導してくれます。どうやら先輩はここの常連らしいく親しげに2、3言葉を交わしていました。
「で、そちらのお嬢さんは?」
いきなり自分のことを聞かれ不意に先輩の方に目をやると、バッチリ目があい不敵な笑みを浮かべ、再びゆっくりとマスターの方に目線を戻し
「まあ、妹みたいなもんです。」とだけ答えました。
妹。
22年間ずっと長女という役割を担い兄や姉が欲しかったため、先輩のその言葉が素直に嬉しかったです。妹のように慕ってくれる人が、血が繋がってなくても存在するんだと思うとそれだけで心強い気持ちになれました。
「そうか、妹さんか。お兄さん酔うとめんどくさいから大変だね。」
マスターは先輩にわざと聞こえる声量で、笑いながら話しかけてきてくれました。
「そうなんですよね、泣き上戸になるから大変です。」
笑いながら困った顔で首を傾げて答えると、
「おい。人の悪口はよくねえぞ?婿入り前の男には優しくしろ」
なんて言って、自慢げに薬指に光る指輪を見せびらかしてくる先輩。
「わ、早速惚気ですか。私だっていい人見つけますもん...!」
先輩には婚約者がいてもうすぐ結婚するということも、報告を受けていて知っていたのですが、いざ現実として見せつけられると、心がちくっと痛みました。
結婚したら二人で飲みに行くこともできなくなるんだろうなあと寂しさが溢れそうにもなりました。
「ははっ。ほんと兄妹みたいだね。お兄さんはいつものでいいよね。妹さんは何飲みますか?」
「あ、実はビール苦手で...。ビールの専門店に来ておいて申し訳ないのですが、カクテルとかありますか?」
ビールの専門店でカクテルを頼むのは気が引けたのですが、普段からあまり気を使わない先輩と飲むときくらい自分が好きなお酒を飲みたかったのです。
「お前、よくベルギービールの店でカクテル頼めるよな。(笑)そういう空気読まないとこ好きだけど、残念ながら今日はビールしか飲ませないから。」
「えー(笑)無理です、勘弁してください...(笑)」
「マスター、この店のビールで1番甘くて飲みやすいのってどれ?」
「フルーツのやつならどれも甘くて飲みやすいよ。」
「あーフルーツか....。まあ最初だしそこから攻めるか。」
私の注文なんて御構い無しに勝手に話が進む中、フルーツのビールという聞きなれないワードが耳に入ってきました。
「え、フルーツのビール?そんなのあるの?」
フルーツを使ったビールがあるなんて想像もつかなかった半信半疑の私に手渡されたメニュー。
「えっ...!こんなに種類あるんだ...!」
そこに載っていたのは、ラズベリー、ピーチ、バナナ、青リンゴ...と見るからに甘くて美味しそうなお酒たち。ビールにこんなに種類があるなんて...。想像を超える種類の多さに衝撃を受けました。
「ベルギーではフルーツやシロップを使ったビールがたくさん出回っているんだよ。それに最近は日本でフルーツのビールを作っているところも増えて来たね。」
「そうなんだ...全然知らなかった...。」
「まあ驚くのは飲んでからにしな。」
「うん。じゃあ、マスター、このピーチのやつください!」
「はいよ。ちょうど残り一本、最後のやつだ。ついてるねえ。」
マスターは茶色くて派手なラベルのついてるお洒落な瓶を開け、目の前で注いでくれます。グラスもジョッキのようなゴツいものじゃなくて足のついたワイングラスのようなものでした。
先輩は「ヒューガルデン」という、よく目にするビールよりも色の淡いビールを注文。
「よし、じゃあ初めてのフルーツビール体験を祝して。乾杯!」
そう言ってグラスを合わせることなく、少し高い位置に持っていきそのまま口に運びました。
居酒屋でよく見るような一気飲みではなく、優しく口に入れて味わうように飲む姿がとても色っぽく見惚れていると、
「飲んでみろ。」
と催促されたので、グラスに注がれた桃のビールを口に近づけるとふわっといい香りが鼻腔を通り、一口含むと甘くて優しい桃の味が舌に絡み、しゅわしゅわの炭酸が口内を程よく刺激しました。
「これ、美味しい」
思わず口から溢れた言葉に、先輩とマスターは目を合わせニヤリと微笑んだのです。
「だろ?ビール嫌いなお前の概念を、ひっくり返したくてマスターに相談したんだ。そしたらお店にとっておきの秘密兵器があるから連れてこいって言われちゃってさ。」
「ほら、わたしの言ったとおりでしょう。作戦は成功ですね。」
「いや、マスターには頭上がらないっすわ。ご協力ありがとうございます!」
カウンター越しでハイタッチする二人の大人の男たち。どうやら私は、まんまと二人の策に溺れたらしい。ちょっと悔しいけど、自分の苦手が好きに変わったことが嬉しくなりました。
「今日ここに連れてこられたことも、フルーツのビール頼むことも全部二人の計画の範疇だったってことなのね。なんか思い通りにさせられた感じが悔しい...」
むすっとして頬を膨らませながらも、フルーツビールを再び口に運ぶペースは止まりませんでした。
先輩は笑いながら、
「美味しいって言ってもらえるかどうかは最後までわかんなかったけどな。俺、もうすぐ結婚するじゃん?こうやって可愛い後輩と一緒に飲みに行くことも減るんだろうなあって思ったらなんか記憶に残るような衝撃を与えたいなあって思ってさ。」
「それでビール嫌いな私の価値観を変えようって思ったわけですね。」
「そういうこと。これでもう俺のこと忘れられないだろ?」
「こんなことしなくても私の中で十分濃い存在なので忘れませんよ(笑)今まで知っていたビール以外に、こんなに種類があることに驚きました。それにこのお店の雰囲気も好きです。なんだかちょっと大人な雰囲気で、ビールのイメージが変わりました。」
「お前が苦手なビールも確かにビールの種類の一つなんだよな。だけどビールっていうのは、もっと沢山の種類があるんだぞってことを知って欲しかった。他のどんなお酒よりも多様性ある飲み物だと思う。」
先輩の言葉に続けるように、
「そうだね。うちのお店は主にベルギーのビールしか置いてないけど、ドイツやアメリカ、そして日本でも日々試行錯誤しながら美味しくてバライティに富んだものをが作られ生まれているよ。」
とマスターが微笑みかけてくれました。
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全く知らなかったビールの世界。想像をはるかに上回るほど、新しい組み合わせが生まれそのバリエーションには終わりがありません。
基本の原料である「水」「ホップ」「麦」そして「酵母」。どれか一つを取っても「軟水」「硬水」「どこの土地の水か」「どこで作られたホップか」「どの種類のホップを、どのくらいの量、どのように掛け合わせるか」「どこで作られた麦か」「どんな麦で、焙煎するかしないか、どのくらいするのか」..。
と考え出したら枚挙にいとまがないです。副原料となる果実や香辛料を入れるとなれば、もう人間が想像できる範囲を優に超えてしまいます。
そんな無限の可能性を秘めたビールに、私は22年ちょっと生きてきて初めて知ったのです。その日の夜の衝撃は、今でも忘れられません。
あの出来事以来、頻繁にブリュワリーパブやクラフトビールの置いているお店に行って飲んだことのないものを飲み歩きました。時には仕事終わりに一人で、時には友達や仕事仲間を誘って...。
その中でぼんやりと、「自分でクラフトビールを作ってみたい」という願望が出てきたのです。そして家に帰ってすぐ、ビールの作り方や作れる手段を調べました。
ここまでが、下戸な私が「クラフトビール」を、溺愛するようになったきっかけです。
しかしこれは、ほんの序章であり始まりの物語に過ぎません。この出来事があった8月の上旬。
それからわずか3カ月足らずで、自分のオリジナルビールを作り、そのさらに3カ月後には自主開催でクラフトビールのイベントを開きました。
人生、何がきっかけで何が起こるかなんて自分でも想像できないものです。だからこそ今をめいいっぱい生きるのが楽しいし、自分のやりたいと思ったことを行動に移して一つずつ叶えていくことが堪らなく快感なのです。
私とクラフトビールの関係は、ここから始まりました。
ここまで読んでくれてありがとうございます。よかったらビールの勉強代として、サポートよろしくお願いします◎
書いた人 ゆるみな。(@yurumina0411)
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