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等距離恋愛。_1丁目11番地

喫茶店を出る頃、外は既に日が傾いていて寒さが一層身体を凍りつかせた。

冷えた手を自分の口元にあてて息を吐き必死に温めていると突然、両手を掴まれて

「摩 擦 熱 〜!」

と言いながら必死に擦りあわせてきた奏太くんの行動に呆気に取られてポカーンとしてしまう。

「なにその顔w」
あほ面になってたことに気づき、

「ちがっ!だっていきなりそっちが変なことするから〜〜〜!」
って腕をポカポカ叩くとそのまま手を握られて、

「さみぃから早くどっか入ろ!あ、カラオケ行く?」
と言いながら私の返事なんて聞く間もなくお店に向かう彼。

「絶対自分が歌いたいだけじゃん...」

届くか届かないかの声でぼそっと呟いた言葉にも無反応な彼。無邪気な横顔を見たらどうでもよくなる私。

部屋に入ると我先にマイクとデンモクをとり、曲を入れはじめる。そんなに慌てなくてもカラオケは逃げないし、二人しかいないんだから自分の歌う順番が回ってこないことなんてないのに...

お目当ての曲を見つけたのか「あ!」っという表情をしたあとに私の方を見てにやりとする彼。

なんの笑みなのかわからなくて彼の方をむいて首を傾げると、マイクを差し出される。

「これ歌って!」

数秒後にスピーカーから流れてきたのは男の人は絶対歌わないであろう女性ボーカルの曲。

運がいいのか悪いのか、その曲は私のよく知るシンガーソングライターさんの歌で歌詞も知っていた。

「え、歌詞知らないし歌えない!」

一番はじめに歌うのは緊張するから苦手で、咄嗟に出た嘘の言い訳。でも彼にはバレバレで

「うそだ、この前電話してた時に無意識に鼻歌で歌ってたの覚えてるし。」

「え、わたし鼻歌唄ってたことあるっけ?笑」

「あるよ。お前、夜ごはんの準備してる時いつも通話切らないで俺のこと放置プレイすんじゃん。そん時キッチンから包丁の音と音痴な歌が聴こえてくる。」

「音痴は余計〜!てかよくこの歌だってわかったね。音痴ならわかんなくない?」

「まあ、音痴でもなんとなくわかるよ。俺音楽の人間だからな。それよりほら、始まってるから歌え〜〜」

「う、緊張するからはずれるかもだけど笑わないでね。」

「音痴なのは知ってるから思いっきり歌え」

「...もうっ!」

私はどうせ順番なんてすぐ回ってくるという自分の言葉を思い出して諦めて歌った。

カラオケは好きな方だ。歌も下手ではないと思ってた。だけど隣にいる人が違うだけでこんなに緊張するものなのかと思う。

変に力んでしまってリズムがうまくとれてるか、音が外れてないか気にしてしまう。彼は私を観察するみたいに見てはにやにやと笑い、また歌詞の映る画面に目を向ける。

曲が終わり、マイクのスイッチを切りながら必死に照れ隠しの言葉を探す

「そんな見られたら緊張して上手く歌えないじゃん...」
わざと頬をふくらませて怒った態度をとってみる

「あ、ごめん(笑)リズムとるために身体揺れてるのが可愛くてつい」

_ガシャンッ!!!

「えっ....」

きっとまたばかにされるか貶されると思ってたから予想外の「かわいい」という言葉に動揺してマイクを落とす。

それを見た彼は落ちたマイクを拾いながら私のことを見上げる態勢で
「こら、大事な商売道具なんだからもっと丁重に扱いなさい。」
と顔をしかめてきた。

「あ、ごめんなさい。」
落としたマイクを受け取って彼に謝る。

「わかればよろしい。それじゃ次俺の番な。」

なんだか上手くはぐらかされた気がするが
デンモクをいじる下を向く彼の耳が少し赤くなってるのに気づいて嬉しくなった。

さっきの仕返しをしたくて
「リクエストに応えて歌ったんだから今度は私の選んだ曲うたってよ〜!」
と半分冗談で言ってみると意外にも素直に


「いいよ。俺が知ってる曲な。」
なんて返されたからちょっと拍子抜けしたよっぽど自分の歌に自信があるのか開き直ってるのかどっちヶなんだろうか。

わたしは好きな男性ボーカルのなまえを挙げてお互いが知ってる曲を選んだ。

それは私がその歌手の曲の中でベスト3に入るくらい好きな歌だったのでちょっと嬉しかった。

曲がはじまると彼の表情は少しだけ変わって脚を組んでかっこつけて歌う姿が素直にかっこいいと思ってしまった。

丁寧に歌うなあというのと、ほんとにその曲が好きなのが伝わる歌い方だった。格別、感動するくらいうまいというわけではなかったのに私は彼の声が好きだったからずっと聴いていたいという気持ちになった。

二人きりのカラオケボックスでお互いの歌いたい曲を自由気ままに歌う。

4畳あるかないかの、薄暗いこの空間で、語るように、歌う。ラブソングばかり聴くせいで歌う曲も恋愛よりの歌詞が増える。


そのせいで目があうのが恥ずかしくって、歌ってる最中は四角い無機質のそれとにらめっこ。対象に彼は恥ずかしがりもせずに真っ直ぐ目を見て恋愛ソングを歌う。反則だ。


「このアーティスト、好きなの?」
オーケストラの伴奏みたいに一定のリズムを刻む心臓。歌の間奏で気づかれないように他愛のない質問で誤魔化す。


「めっちゃ好き!俺、小三の頃から聴いてたもん。」


「小三でこの曲の歌詞の意味とかわかったの?すごくない?」


「わかんない言葉ばっかだったよ。この曲とか、特に。気になって必死に調べたわ」


「私、歌詞から好きになるタイプだったから知らない言葉ばかりだとハマらなかったなあ。」


「みんな大抵、歌詞を見るよね。俺の場合その基準が音やリズムだっただけだよ。」


「音があって初めて音楽だもんね。」


長い間奏が終わりを迎える頃、彼は微笑み、再び画面に目を向けて歌った。

お互いの好きなアーティストの話をしながら交互に歌う一室空間。その中で渦巻く彼の音楽に対する熱さ、好きなアーティストに対する強い想いに圧倒された。

音楽について話している時の彼の目は純粋でキラキラで吸い込まれそうになる。

片親で苦労させたくないという思いから専門学校に行きたい気持ちや音楽の道を諦めて、倍率の高い鉄道会社を受けて合格したこと。

今でも趣味で曲を作ったりギターやピアノを弾いたりしてること。

私の夢の話を聞いたら諦めていた気持ちが蘇ってきてまた目指したくなってきたということ。

全てありのまま、偽りなく語る彼の表情はイキイキしていて指1本触れてないのに私の身体を熱くさせた。

仕事しながら音楽の道を目指すのはきっと大変だろうけど絶対に諦めて、後悔して欲しくないから応援してると背中を押した。

__この時、わたしは違う選択を選んでいたら今は違った人生を送っていたのかもしれない......。

ネット恋愛がダメなんて、誰が決めた?_1丁目12番地 地元に想いを馳せる居酒屋

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