等距離恋愛。_1丁目4番地 刻まれる時計
_それでね、…んがね、た…
ベットでごろごろしながら話していたはずなのに、いつの間にか深い眠りに落ちていた
_んっ…。
目が覚めるととてつもない気怠さと共に空腹感に襲われる。
窓の外は絵具を混ぜすぎた何とも言い難い色を、キャンパスの一面にこぼしてしまったかのような表情をしていた。
_あれ…?わたし確か電話してて…。あっ。
慌ててスマホを開く。
画面には【通話中】の文字。
耳を当てて澄ましてみると、画面越しからわずかに彼の寝息が聞こえる。
(ふふっ、かわいい。)
そう思ってからふと我に返り正面を見ると、一人の部屋でにやついてる女が姿見に写っていて途端に恥ずかしくなる。
時計の短い針は「4」を差していた。
【10:12:34.35.36...】
【通話中】の文字の下では、ご丁寧に一秒ごとに寸分の狂いもなく二人の時間を刻んでくれている。
(同じくらいに寝落ちしちゃったのかな。)
そう思ったら、少しドキドキした。
さすがに繋げたままにしてたら気持ち悪がられるかなと思い、赤く記された受話器ボタンに指をかざす。
今でも不思議に思うんだが彼はまるで狙ったかのように、タイミングよくアクションを起こす。
この時だって触れるか触れないかの瞬間に、
_ん…?ん~~~…。ああ~、腹減った!!!!!
と、(おそらく一人であろうその空間で)いきなり大声を出してきた。思わず触れてしまった赤いボタンを離すに離せなくなってしまう。
_あ、おはよ!
電話越しでも聞こえるように大きめな声で呼びかけてみる。
_うわあwイヤホンにしよると、そんな大声出さんでも聞こえちょるw
笑いながら返ってくるおどけた言葉に安堵した。
_ああ、ごめんwお互い寝落ちしちゃったみたいでつなげたままになっちゃってたね(笑)切ろうとしたらちょうど起きたからびっくりした!
と、寝息を聞いていたことがバレないかそわそわしながら、はぐらかす為の口実を放つ。
_え、先に寝たのそっちだけど?話してる途中にいきなり声がしなくなって、呼びかけても返事無いから寝たんだなあって思った。
_あれ、そうなの?でもなんで切らなかったの?
心の中でドキドキしながら聞いてみる。
_ん、ああ。(笑)いびきが凄かったから面白くてつい(笑)
_…!?!!!!?!ええ〜っ////
彼にはデリカシーというものがない...。
顔から火が出るどころか全身が燃え盛るくらい熱くなり、穴があったら入りたい。あわよくば一生その中に彼が入ってこれないように、土で埋めてほしいという感情でいっぱいになった。
押し黙った私の気持ちを察したのか、
_...なんて冗談!(笑)可愛い寝息と寝言しか聞こえなかったよ?
ニヤついた顔を必死に堪えながらフォローする彼の表情に冗談じゃないんだと余計落ち込む。
_うう、もうやだ恥ずかしすぎる。お嫁にいけない…泣
羞恥心と後悔と自己嫌悪。
彼のデリカシーのない言葉にこのまま指を離して話を終わらせ、もう一生関わらないで生きていこうと心の中で誓いを立てた。
_嫁wwwそんな大げさな、
_おおげさじゃないよ!女の子にとっていびきを聞かれるのは大問題だよ!
思わず語尾がきつくなる
_おお、ごめんごめん。そんなに気にするほどでもなっかたよ、大げさに言ってみただけ!
彼の必死のフォローも後に引けない恥ずかしい状況に聞く耳をもてなかった。
そして、私は限界に来ていた左手の親指で押していた赤いボタンをそっと離し、二人の繋がっていた確かな時間を半ば強制的に終了させた。
画面には【✆10:22】の表示
気にしないようにマナーモードにして、画面を裏返し台所へと向かった…
_ 1丁目5番地 陽気な台所