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東京の裏側を探検!川から歴史と絶景を楽しむ「日本橋クルーズ」 都内散歩録・日本橋

こんにちは。日本の色々なスポットを巡りながら、その土地の魅力と感じたことを書き綴っています。

いつもは地方のことばっかり書いていますが、今回の舞台は東京のど真ん中「日本橋」です。とはいっても、ただ見て回った記録を書いてもそんな面白くないので、都内を流れる川を巡る「日本橋クルーズ」に参加した記録を紹介します!

■東京を川で巡る!『日本橋クルーズ』

今回参加する「日本橋クルーズ」は、日本橋から、神田川、隅田川、東京港などを船で巡り、普段では見られない光景やガイドさんの解説を聞きながら、東京の裏側を探検できる人気のクルーズツアーです。

この周辺を歩くたびにずっと気になっていたので、今回は思いきって参加することに決めました。

日本橋船着場にはクルーズ船が確認できます。あれに乗ると思うだけで、すでにワクワクしていました。入場門の前にある滝の広場にて受付を済ませます。

聞いた話によると、休日でも繁忙期でなければ当日券は余っているようです。ただ、乗船する順番は予約・受付の早い方からとなっているため、先頭や端っこで景色を楽しみたいのであれば、事前の予約が必須。

さて、すべての乗客が乗船し、いよいよクルーズがスタート。船着場がある日本橋川から神田川、続いて隅田川へ進み、再び日本橋川へ入り船着場へ戻る90分の周遊コースです。

■時代が幾重にも折り重なる川『日本橋川』

まずはじめは、目の前にかかる日本橋の下をくぐります。いま架かっている橋は2代目で、花崗岩を中心とした石造りのアーチ構造です。モルタルといった接着剤は一切使用されておらず、橋の中心にある要石には、獅子のモニュメントが取り付けられています。

橋の裏を見てみると、ところどころにつららのようなものがあります。実はこれ「鍾乳石」。建材の花崗岩に雨が沁み込み、石灰分を含んだ水が垂れて形成されているとのこと。

まさか、東京のど真ん中で鍾乳石を見られるとは……! 説明を聞くまではただの汚れだと思ってました(笑)。

しばらく進むと、首都高速の隙間から青空が見えてきました。

日本橋の景観保護、道路の老朽化改善などを目的に、該当エリア内の首都高速道路ルートを日本橋川の地下に通す「首都高速道路日本橋エリア地下化プロジェクト」。2040年の完成に向けてプロジェクトは進んでおり、中でもこの付近の道路(側道)はすでに撤去が進められています。その影響で以前では見られなかった空を、ここから望めるようになったそう。

インフラにまつわる建造物が好きですし、日本橋といえば首都高が上にある景色がもはやノスタルジーなので、正直なところ撤去されてしまうのは少し寂しい。

陰で交通を支えます
マッチョな支柱がかっこいい
この入り組んだ構造も最高

昔の人々が日本橋の上に高速道路ができるなんて想像もできなかったように、きっと未来の人もここに高速道路があったなんてことも信じられなくなるのでしょうか。そう思うとロマンです。

骨太なコンクリートでできている橋の上を通るのは、JR東京駅を通る各路線と、東北・北陸方面を走る新幹線。日本の交通を支えるこの鉄道橋は大正時代に完成しました。橋の中央にはそれを証明するモニュメントがあり、車輪がモチーフになっています。

かっこいい

さらに川を進むと、目の前に可愛いゲストが登場しました。

カワセミ

ガイドさんの話によると、カワセミを目にできるのは良くて月に1回程度とのこと。しかも、この日は別のタイミングでも見ることができて、これは年に1回あるかないかの奇跡的な日らしいです。幸運です。

環境庁舎の前には、品種の違う樹木が植えられてます。これは、開花予想などを測るためらしい。

江戸城外堀の石垣がところどころに残されていて、歴史を感じます。

後楽橋

日本橋川と神田川の境界辺りにある後楽橋の裏には、空襲の痕跡。落ちてきた爆弾が石と鉄板を貫通したそう。この橋だけでなくコース内ではほかにも戦争の爪痕があり、当時の壮絶な状況を目の当たりにできます。

東京に爆弾が降り注いだことなんて考えることもできません。さらに前には大震災も経験した東京。何度もスクラップ&ビルドを繰り返しながら今があるんですね。

平和だねえ

■江戸と東京を見守り繋ぐ川『神田川』

神田川に入ると一気に視界が開けます。両岸には草木がたくさん生い茂っていて、まるで人類が絶滅した後のような風景にグッときます。

右手側にはお茶の水駅。毎日乗っている中央線がホームに入っていきます。写真を撮るためとはいえ、この電車が来るのをはじめて心待ちにしました(笑)。

丸の内線と中央線のコラボレーション!

現代的な景色が続いたと思いながらふと町を見ると、昔ながらの建物が並ぶエリアも。写真の「淡路亭」は、60年弱の歴史を誇る老舗のビリヤード場。その奥には2019年竣工の、住友不動産のビルがそびえたっていて東京らしい景色です。

万世橋を経て秋葉原、岩本町エリアへ。ここも特徴のあるスポットで、写真からわかる通り、左岸と右岸の建物の1階部分の高さが微妙に違います。

右の方が地面が高い

かつて昔、神田川は氾濫しやすい川で、その被害に多くの人々が頭を悩ませていました。せめて皇居(江戸城)が位置する岩本町側でも被害を少なくする対策として盛り土をした名残から、両岸の高さが違う光景が生まれたそう。普通に過ごしていたらまあ気付けないですね。

さて、神田川もいよいよ終盤。左衛門橋を越えると両岸にはたくさんの屋形船が停泊中。このエリア「神田川の河口の船溜まり」は、昭和を感じる光景や雰囲気を感じられることができます。

かつてこの柳橋エリアは、新橋と並ぶ名門の花街として栄えていたそうです。最盛期は300人以上の芸妓が活躍していましたが、近代化に伴い徐々に町は減衰。1999年に老舗の料亭「いな垣」が閉業し、柳橋の花街としての火は消え、今では静かにゆっくりと時間が流れています。

さあ、いよいよ隅田川へ出ます! 

■日本文化の中心地『隅田川』

隅田川に出るといきなりスカイツリーがお目見え! 手前にはJR総武線が通る隅田川橋梁、両国と浅草橋を繋ぐ重要な橋です。

ここでちょっとした豆知識。国技館や相撲部屋が多くあることから、相撲の町として有名な両国ですが、なぜ両国という名前なのか知っていますか?

昔、廃藩置県が行使される以前の日本は、68の国に分けられていました。隅田川は武蔵国と下総国の間を流れる川だったのですが、1657年に武蔵国で起きた大火事の際、橋がなく逃げ場を失った多くの人が犠牲になったことをきっかけに、隅田川に大橋が架けられました。2つの国を繋ぐその橋は「両国橋」と呼ばれはじめ、いつからか周辺の地域が「両国」と定着したのです。

両国JCT付近の急カーブ

下流に進むと自分の推し橋が見えてきました!

この橋の名前は「清洲橋」。自碇式(じていしき)の吊り橋で、しなやかな曲線と奥ゆかしい青色がとても素敵。2つ下流側に架けられている「永代橋」がガッチリとした男性的な印象に対し、女性的なデザインをイメージして建設されました。

昼間の姿もとっても魅力的ですが、夜間のライトアップ時にはより毅然と凛としている姿を拝むことができます。美しい!!!

隅田川大橋の下に入ると、船が突如Uターン。振り返るとそびえたつスカイツリーと清洲橋がいいアングルで収まっています。

コースで一番人気の写真タイミングだそう。ただ流れがある分、船はかなり揺れるので、撮影の難易度は少々高め。

永代橋と佃のタワマン群

隅田川の周遊は短め。豊海橋から再度、日本橋川に入り終着地点の日本橋船着き場を目指します。

日本橋に到着して90分のクルーズはこれにて終了です。ありがとうございました! 超楽しかった!!! (夕方の東京港コースも参加しました)

■最後に

やっぱり東京って面白い。歴史的な光景や名残もあれば、西洋風のデザインや最先端技術まで、なんでもありのカオスな街並みが他にはない魅力だと再認識できました。

そう思えたのも、とにかくガイドさんが本当に素晴らしかったおかげ。たくさん汗をかきながら色々なことを紹介・解説してくれて、90分間が本当にあっという間だった。とっても憧れる。
船を降りた直後に運航会社の求人を探したけど見当たらなかった……。もしあったらすぐ辞職願いを書いていたと思う(笑)。

クルーズ船に乗っていると、橋の上や沿道、川で作業をしている人々から笑顔でよく手を振られます。遊園地とかでもそうですが、なぜ船に乗っていると手を振られたり、振り返したりできるのでしょう? 普段はそんなことほとんどしないのに。
テンションが高いからか、乗り物のフィルターがあるからか、真意は分かりませんが、皆どこかで繋がりを求めているのかなあ。幾重の文化が積み重なる都市「東京」には、昔も今もたくさんの人がいると感じました。

最高に楽しいツアーなので、ぜひみなさんもご参加を! 結構安いです!


では、また!

Tsuchinoco

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