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独り言:サル化の流れに逆らって もがいてみたい - 布マスクの配布と、じっくり見て考える楽しみ
何か世の中が騒がしいようです。4月1日は布マスク配布の発表がなされましたが、それは意味のあることでしょうか、それとも意味のないことでしょうか。いろいろな考えがある中、私たちができることは何でしょうか。独り言を呟いてみました。
新型コロナウイルスの流行に対して、布マスク2枚が配られるようです
世帯においては必ずしも十分な量ではなく、また、洗濯などの御不便をお掛けしますが、店頭でのマスク品薄が続く現状を踏まえ、国民の皆様の不安解消に少しでも資するよう、速やかに取り組んでまいりたいと考えております。
https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/202004/1corona.html
4月1日に「布マスク2枚配布します」とニュースを聞いたとき、エイプリルフールだと思いました。「お魚券」「お肉券」と聞いたときも力が抜けました。最近は、お笑いにも力を入れているのか、とすら思いました。
とはいえ、落ち着いて考えみると、布マスク配布が感染者の拡大を防止するなら悪いことではないな、と思いました。
新型コロナ感染拡大期において布マスクの効果は限定的だそうです
WHO(世界保健機関)は、新型コロナ感染拡大期における布マスク使用について「いかなる状況においても勧めない」と助言している。
https://www.asahi.com/articles/ASN424D52N42ULBJ003.html
Cloth (e.g. cotton or gauze) masks are not recommended under any circumstance.
https://www.who.int/docs/default-source/documents/advice-on-the-use-of-masks-2019-ncov.pdf
「新型コロナウイルス拡大を防止する」や「健康」に対しても、効果は少なく、役に立たなさそうです。
では、どのような面で良いのでしょうか。
布マスク配布は、マスク品薄を解消し、精神的な安心として有効かもしれません
現在、マスクの在庫がないなど、パニック(通常ではない押し迫った)状態です。例えば、近所の薬局を通りかかると入店制限があり、入店には1時間以上、並んで待っていました。特にお年寄りが多く並んでおり、健康的に怖いな、と思っています。
このようなパニックに対して、どのようなことが有効でしょうか。
「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」
https://www.asahi.com/articles/ASN426G43N42UTFK00V.html
現状のマスクに対するパニック(熱狂的な状態)に対して、ひや水を浴びせる(冷水をかけるように、元気を失わせるような言動)と考えられます。
また、マスクを持つ人が増えて、マスク着用する人が増えるのかもしれません。
「布マスク」の配布は、直接的に健康のためではなく、このようなパニック状態を収めるために配られたと理解するのが良さそうです。
布マスクに対する批判は、政治に対する信頼の欠如ではないでしょうか
新型コロナウイルス拡大防止や、健康に対しての効果が限定的なこともあり、布マスク配布に対する批判があります。
今までの経緯は、どのようになっていたでしょうか。「お肉券」「お魚券」のような提案がありました。さらには「桜を見る会」「加計問題」に対する誠意のない対応、消費税増税の影響に対する政府発表と他の分析との乖離、消費税導入前の説明と実施の乖離、原発の再稼働に向けての司法人事への介入、検察での違法が疑われる人事、記者の質疑応答における態度、公文書の書き換え、、、さらには、このような状況に対して、与党内からも批判的な意見が大きく報道されないこと、、、書ききれないような経緯を経てきました。
ただ、国民や野党へ納得できるような説明が十分になされていないどころか、あらゆることが「お友達」に対してのみに優遇していることで一貫しているように受け取れます。
その結果、どうなるでしょう。
深いところで政治に対する信頼が損なわれてしまった人がいる、そのように感じます。その一環として、布マスク配布に対して、批判が起こったように見えます。
布マスク配布に対する批判の理由は、今までの経緯によって信頼が損なわれたことではないでしょうか。
残念がなら、信頼回復には期待できません
現政権が、国民や野党を尊重し、民主主義を回復することによって、国民の信頼を得ることが布マスクを冗談で終わらせず、現実的な試みの一つとして評価されるために必要なことではないでしょうか。
でも、そもそも倫理や道徳についての考え方が違うのです。信頼を失ったとさえ思っていないでしょう。
人は、自分の"得"にならないと動きません。自分の"身"が脅かされないと動きません。野党や市民活動によって、残念ながら変わる可能性は少ない気がします、より狡猾になって行くだけでしょう。
相手を変えることは困難です。ましてや南の僻地にいる魔王の意見を聞いても、なんの得にもならないからです。
唯一、与党の内部の人、もしくは、アメリカからダメ出しがあれば、自分自身の身の保全するために変わるかもしれません。でも、期待しない方が良さそうです。
期待しても無駄だった、もしよくなったらラッキーぐらいでしかありません。
マスクを配る政策は、マスクに熱中する国民への回答です
ところで、ことの発端であるマスクは、なぜ品薄なのでしょうか。
厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部のマスク等物資対策班の担当者によると「パニック買いなどによる需要の逼迫を理由になっている」と考えています。
https://www.businessinsider.jp/post-210113
現実的に、マスク品薄状態が発生しています。マスクを入手するために、薬屋さんには長い行列ができています。さらには、ティッシュなどのような紙製品も品薄になりました。
一部とはいえ我々国民が、このような「パニック」を起こしているのです。このマスクに対するパニックのような状況と、布マスクの政策が、対応しているのでしょう。
「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」
https://www.asahi.com/articles/ASN426G43N42UTFK00V.html
我々は、サル化しているようです
パニックも政策も、表面的な印象を拭えません。このような表面的な状況は、どのような背景にあるのでしょうか。それは、この社会が"サル化"して意見もあります。
“サル化”というのは「今さえよければそれでいい」という発想をすることです。目の前の出来事について、どういう歴史的文脈で形成されたのか、このあとどう変化するのかを広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣を持たない人たちのことを“サル”と呼んだのです。
https://bunshun.jp/articles/-/35353
サル化した私たちが選んだ政治家であり、サル化した私たちがパニックを起こしているのです。
このような例は、毎日のように出会います、たまたま図書館で借りた本では、男子中学校の御三家と呼ばれる麻布中学校の先生は以下のように話しています。
いまの子供たちはフロー情報に慣れてしまっていて、終わったら何も残らないのが当たり前になっている。ネットの影響だと思います。断片的な情報だけが止めどなく流れていくからいちいちそれを自分の中に取り込もうと言うモチベーションが働かない。
思想家がすごく抽象度の高いことを、たとえ話を多用しながら論理展開していくとか、立体的な文章の読み方ができなくなるんじゃないかってことに危機感を覚えます。
(おおたとしまさ『開成・灘・麻布・東大寺・武蔵は転ばせて伸ばす』pp.140-141より)
つまり、私たちが「広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣」や「抽象度の高いことを論理展開すること」ができなくなってきたのでしょう。
「広いタイムスパンの中で観察・分析する習慣」や「抽象度の高いことを論理展開すること」を「じっくり見て考えること」と表現しました。
サル化に対して、少しあがいてみたいです
じっくり見て考えることは、人間が獲得した能力の一つでしょう。これを使って、新しい世界が見えたときは、何ものにも代えがたい喜びです。
もし、そのじっくり見て考えること、それで新しい世界が見えた喜びを広げられたら、それは、私自身が楽しいのです。
幸い、私の知っている若い人や年取った人もじっくり見て考えることが好きな人がたくさんいます。このような喜びを一緒に感じる人が増えたら、楽しそうです。
このような状況に対して、我々は、何もできないのでしょうか。おそらく世の中の流れがサル化している現在、魔王ごときが何をしてもこの流れは変わらないと思います。
魔王として500年ほど生きてきましたので、あと300年ぐらいしか残されていません。本当に本当に微力ながらも、活動をしていきたい、そのように思ったのです。
私自身も発展途上です。じっくり見て、じっくり考え、ゆっくり語り合う、新しい地平を眺める、そんな楽しい貴重な時間を共に味わいたいです。
おまけ:マスクを買い占める必要がないワケ
少しおまけですが、マスクを買い占める必要がないワケについて、こんな授業をやりました。
https://note.com/yuruken/n/ne451b300f12e
じっくり見て、じっくり考え、新しい地平が見えたときの、何ものにも代えがたい喜びを広めたい
じっくり見て、じっくり考えることは、今の世の中に そぐわないかもしれません。でも、新しい地平が見えたときの喜びを広めたい、そのようにあがいていきたいと思っています。
もし賛同してくださる人がいらっしゃったら、一緒に楽しんでいきましょう。
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