にゃりぺよ

毒親って~~~!にゃりぺよの親は毒親ってほどじゃないけどちょっと毒のゆる毒親!心の根っこが腐って自己肯定感の死!いいことを素直に受け取れない!否定を恐れて生きる羽目に!はやく大丈夫になりた~~~い!

にゃりぺよ

毒親って~~~!にゃりぺよの親は毒親ってほどじゃないけどちょっと毒のゆる毒親!心の根っこが腐って自己肯定感の死!いいことを素直に受け取れない!否定を恐れて生きる羽目に!はやく大丈夫になりた~~~い!

最近の記事

  • 固定された記事

ゆる毒親で人生が終わってしまう

そもそもにゃりぺよがnoteで自分のつらかったことを共有したいと思ったのは、にゃりぺよ自身が他人の体験を知りたかったからです。 にゃりぺよの母親はとにかく自分勝手で、いくつになっても学生みたいな人でした。 見た目もかわいいから許されてきた人生で、間違いはきっとにゃりぺよが生まれたこと。 毒親というほどでもないけど、にゃりぺよの心を徐々に蝕んだ母親。 今や母親のことは毒親ではなく、ゆる毒親だったんだと思うことにしたけど…。 にゃりぺよはこれまで、母親の気を引きたい一心で頑

    • セルフカウンセリング④

      前回のセルフカウンセリングで、以下の2つを行いました。 なぜ悩んでいるのかはっきりさせる 悩みやきっかけとなった過去を受け止める にゃりぺよの死にたい原因は、ひとえに母親のことでした。 毒親な母親に育てられて自己肯定感が下がり、死にたさに繋がっていたのです。 悩みやきっかけとなった過去を受け止めることは難しいことです。 これには時間をかけて、死にたいほどつらい状態でも生きている自分を褒めることで受け止めました。 相手にどうしてほしかったか考えるこれは本当につらいし、

      • セルフカウンセリング③

        セルフカウンセリングで、まずはこの2つを行いました。 今何が起きているのか、自分の気持ちを整理する 本当はどうなりたいのか考える にゃりぺよはそのとき、体調に左右されて過去を思い出し、死にたくなる状態でした。 そのせいで家族に迷惑をかけていました。 そして死にたい気持ちに振り回されないことと、 家族の前で死にたい気持ちにならず、楽しくすごすことを望みました。 そもそもなぜ今の状態に?次ににゃりぺよは、そもそもなぜ毎日飽きもせず死にたいと思っているのか考えることにしま

        • セルフカウンセリング②

          にゃりぺよがセルフカウンセリングを始めようとしたとき、にゃりぺよは毎日死にたい状態でした。 そこでまずは、自分に今何を起きているのか整理することにしたのです。 自分の気持ちを整理する毎日死にたい…。 とくに家事や仕事、育児など、やらなきゃいけないことがあるときに限って、死にたい気持ちを思い出してしまう。 夜、寝ようとして電気を消したときも思い出しがち。 そのうえ一度死にたいと思うと、涙が出て何もできず、眠ることもできなくなってしまう。 体調が悪いときや疲れているときにも、

        • 固定された記事

        ゆる毒親で人生が終わってしまう

          セルフカウンセリング①

          にゃりぺよの心のモヤモヤは、精神科に行っても晴れませんでした。 そのうえそれ以来、精神科に若干の苦手意識を持ってしまいました。 電話での無料相談やオンラインカウンセリングはとてもいいのですが、にゃりぺよの精神はすでにドブのようになってしまっていました。 素直さがなく悲観的で、話を聞いてもらってもまたすぐに「死んだ方がいい人間なんだ」と思い込んでいました。 にゃりぺよは諦めが早くて反発心の強い人間なので、そういったものが合わなかったのかもしれません。 そこでにゃりぺよはセル

          セルフカウンセリング①

          精神科に行ったときのこと

          にゃりぺよは中学生のころ、自分が精神的に不安定であることに気づきました。 そのころは母親がにゃりぺよの体調不良を面倒そうにし始め、男の影が見え始めた時期です。 にゃりぺよはいつもイライラしていて、不安で、とても学校へ行けませんでした。 しかしその時期は母親との関係が原因だとは気づけなかったのです。 にゃりぺよはわけもわからぬまま、母親に「精神科で診てもらいたい」と言うことに。 母親は世間体を気にしてか、ものすごく不機嫌になりました。 しかしその後、にゃりぺよがご飯も食べ

          精神科に行ったときのこと

          毒親にならないために③

          にゃりぺよが、母親が毒親であると自覚したのは息子と暮らし始めてからです。 それまでは母親のことを、毒親というほどではないかと思っていました。 それも自分に言い聞かせて、自分の心を守っていただけですね。 にゃりぺよは自分がどれだけ蔑ろにされたのか思い出し、母親が毒親だと認めました。 でも母親が毒親だと受け入れていなければ、きっとにゃりぺよも毒親になったまま自分の間違いに気づけませんでした。 自分があの日の母親と同じことをしている、息子ににゃりぺよと同じ顔をさせていると気づけ

          毒親にならないために③

          毒親にならないために②

          にゃりぺよが息子に向き合えない期間はおよそ8ヶ月続きました。 その日もにゃりぺよは、泣きながら息子の世話をしていました。 涙が止まらず、うわごとのように「死にたい」と繰り返していたとき。 突然、息子がにゃりぺよの涙を拭ってくれたのです。 相変わらず息子が何を考えているのかわかりません。 でもそのときは、何だか心配そうな顔をしているように見えました。 にゃりぺよはこんななのに、なんでこの子はこんなに優しいんだろう。 にゃりぺよはやっぱり涙を流しながら息子を抱きしめました。

          毒親にならないために②

          毒親にならないために①

          毒親に育てられた人は、やはり毒親になりやすいそうです。 育児モデルは基本的に親から。 自分が育児をしようとするとき、思い出すのは親の育児法だそうです。 そのため、親に暴力を振るわれた人は自分の子どもにも暴力をふるいやすくなるとか。 毒親育ちは親の性質を受け継いでしまうんですね。 だからにゃりぺよは、自分が子どもを持つのは罪だと思っていました。 にゃりぺよも子どもよりも自分の時間を優先し、ろくに家事をせず、家庭を捨てて男に逃げる母親になるかもしれない。 にゃりぺよが世間

          毒親にならないために①

          母親がかわいそう

          母親がにゃりぺよを蔑ろにした過去は変わりません。 にゃりぺよは怪我をしても事件に巻き込まれても、母親が男と世間体を優先したことを一生許せないでしょう。 でも確実に、母親が変わってきていることはわかっています。 それがにゃりぺよを思いやる気持ちなのか、打算なのかはわかりません。 母親も高齢ですから、今後の生活が不安になることはあるでしょう。 実家に帰って来なくなったにゃりぺよしか頼れる人がいないと焦っているのかもしれません。 それとも、にゃりぺよへの仕打ちに罪の意識を抱い

          母親がかわいそう

          母親が気づいたかもしれない

          社会人になってから、にゃりぺよはほぼ帰省しなくなりました。 帰省するにもお金がかかるし、実家は居心地が悪いからです。 なかなか数万円かけて、暴言飛び交う家に帰りたいとは思わないですよね…。 しかしにゃりぺよと仲よし親子だと思っている母親は納得しませんでした。 初めのうち、母親は帰省するよう何度も言ってきました。 にゃりぺよが帰省したら一緒に行きたいお店、一緒に食べたいものなどを語っていました。 にゃりぺよは「そのうちね」と繰り返し、意地でも帰りません。 母親はにゃりぺよ

          母親が気づいたかもしれない

          無敵の人状態に…

          上京後、父のおかげで無事に大学に通えたにゃりぺよ。 卒業後は当たり前のように地元を離れて就職しました。 にゃりぺよは希望の職につくことができましたが、仕事以外には何もありませんでした。 気軽に県外には出られないほどの田舎に住んでいたため、友達と会うのも一苦労だったのです。 仕事以外の時間、にゃりぺよは昇進目指して必死に勉強ばかりしていました。 そして布団に入ったときや車での移動中、考えるのは自分の育ちが悪いということばかり。 あのころは「人には人の地獄がある」ということ

          無敵の人状態に…

          母親の連絡すべてにイライラ

          まだまだ解毒ができず、毎日死にたかったころのことです。 にゃりぺよは毎日母親からの連絡にイライラしていました。 そもそも母親が成人して結婚までしている娘に毎日連絡をするというのは普通なのでしょうか? 仲よし親子ならいざ知らず…。 「明日友達と会ってくるよ」 こういう連絡はいいんです。 「最近連絡ないけどもしかして体調悪いの?」 こういう連絡に、どうしてもイライラしてしまいます。 母親は昔から自分のことが第一優先で、にゃりぺよは二の次でした。 うっかり産んでしまった娘の

          母親の連絡すべてにイライラ

          他の人の毒親体験を見て

          解毒が進むと、どんどんつらかった気持ちが鈍化していきます。 母親との思い出自体が遠ざかり、自分の今の生活だけが脳内のメインに据えられます。 そしてよく母親が毒親だったことを忘れてしまいます。 まるで自分が普通のまともな人間として育ってきたかのように勘違いをしてしまいます。 とくに他の人の毒親体験を知ったとき。 最近毒親について調べることが多く、他の人の体験談もよく目にします。 本当に胸糞悪くてつらくて「にゃりぺよの母親はここまでじゃないな…」と思います。 母親は暴力だけ

          他の人の毒親体験を見て

          解毒への近道

          解毒するための近道は ・自分の親が毒親だと認識すること ・毒親と精神的、物理的に距離を置くこと だそうです。 にゃりぺよは母親を毒親として認識していなかったものの、他の親と比べておかしいなと思っていました。 毒親だと認識したのはつい最近のことです。 しかし距離を置く、ということについては無意識のうちにやっていました。 にゃりぺよは実家を出てすでに10年以上が経ち、あまり帰省はしていません。 にゃりぺよが帰省すると、母親は喜びます。 にゃりぺよの帰省は親孝行でしょう。

          解毒への近道

          最後の夢

          眠っていたにゃりぺよは、カーテンから差し込む光で目を覚ましました。 同時にドアを2回ノックする音が聞こえてきます。 「お母さんだよ」 母親が来ました。 「出て来れる?」 そう言われたにゃりぺよは、素直に布団から出てドアへ向かいました。 しかしドアを開けると…。 そこはまるで真っ黒の塗料を塗ったように暗かったのです。 にゃりぺよは手探りで廊下に出て、階段へ進みました。 光がないなか階段を降りるのは怖くて、腰が引けた状態で進みます。 もうそのころには母親の声も聞こえませ