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5/11「メディスン」感想

2024年5月11日、シアタートラムにてエンダ・ウォルシュ作、白井晃演出、田中圭、奈緒、富山えり子、荒井康太出演の「メディスン」を観劇。

夢か現実か、見る人によって解釈が分かれると聞いていたが確かに。
目の前の情景がモチーフなのかリアルなのか判別がつかない中で、意識下の感情を引きずり出される感覚だった。
メアリーズの心情や背景や関係性まで考えきれなかったけど、記憶が鮮明な今、書きたいことをそのまま書いておきたい。

どこかの施設に入所して精神科の治療を受けているらしい若者、ジョン・ケインが主人公。
散らかった部屋にジョンが入ってくるところから物語が始まる。彼が感情の抑制が苦手であることが、その表情と体の動きからすぐに分かる。
ジョンは、主治医らしき人物とマイクを通してやり取りをする。その会話から、この後ジョンにドラマセラピーのような治療が行われると予想できる。そこに、老人の扮装とザリガニの扮装をした二人の女性、メアリー1とメアリー2、ドラム演奏者が現れる。二人のメアリーは音響係兼俳優と俳優で、ジョンの治療を手伝う為にやって来たらしい。

ここから、ジョンが書いた台本に沿ってセラピーが始まる。そこで明らかになるジョンの生い立ちや虐めの体験はとても痛ましい。だが、それよりも胸を剔られるのは俳優メアリー2によるジョンの扱いだ。

メアリー2は、この後に別のイベントがあって早くセラピーを終わらせたいと思っている。だから、ジョンの語りを中断したり、ジョンが渾身の思いで書いた台本の途中をカットしたりする。
そこでジョンは、虐げられていた過去を語ることと現実の自分の存在を虐げられる二つの辛さを味わうことになる。その辛さや悔しさ、抑えられた怒りが空間を満たしていく。
ジョンは常に孤独で不安で外界との関わりを求めている。メアリー2に繰り返し見る夢の話を聞きたがったり、自分についてどう思うか知りたがったりする様子に心が痛む。
私には、ジョンのような壮絶な体験はない。だが、彼の根幹にある孤独や不安に自分の中の何かが共鳴し、自分に関心のない相手との関わりを必死で求めるジョンの姿に思わず目を背けた。
お芝居を観ていてここまで感情移入してしまう経験は初めてだったが、そうなった理由は分かっていた。

ジョンを演じているのが田中圭だから。

虚ろな表情に、時折り湧き上がる意志の力で目が輝きを取り戻す。自分の希望が叶わないと分かった瞬間にその輝きは失われ顔の筋肉が弛緩する。
メアリーズが歌ったり踊ったりするのを見て、無邪気な喜びで顔がクシャクシャになる。
田中圭が持ち合わせている豊かな感受性と表現力と演技のスキルにジョンの内面が合わさって圧倒的なリアリティを生み出し、小さな劇場をジョンの深い闇で包みこんでいた。
私は観劇ではなく、心と身体を揺さぶられる体験をしていた。

俳優に翻弄され過去と現在がぐちゃぐちゃになり、自分の存在の為に声を限りに叫び続けるジョンの姿に息を殺して見入った。
そして、ジョンがメアリーと並んでベンチに座り、前を見据えて手を繋ぐシーンで物語は終わる。
これは平穏なラストではなく、ジョンが書き続ける台本に新しいページが足され
ただけだろう。だが、ほんの束の間でも、ジョンの言葉が受け止められ、ジョンの目が見つめられることを願わずにいられない。


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