岸田奈美をゆるさない -うわああんて泣きながらキナリ杯受賞作ぜんぶ読んで14本を紹介している
岸田奈美をゆるさない1日目
キナリ杯で受賞できなかった。結果を見るのが怖くて、風呂上りに子どもを追いかけながらパンツを履いて、半裸になったところでなんか今だな、と思ってスマホを開いた。
知ってた。通知は来てない。岸田奈美を許さない。
岸田奈美の文章が大好きだ。不注意でおっちょこちょいででも優しい、「君に似てるね。応募してみたら」と夫に言われて書くことを決めた。
岸田奈美をゆるさない。
岸田奈美にめちゃくちゃ愛でられて広められたかった。昔から大好きだった文章で、エッセイで、肉や魚を買いたかった。
めちゃくちゃ愛でられなくてもいいから、10万円くれなくてもいいから、岸田奈美の1いいねが欲しかった。100万もらうより岸田奈美の1いいねが欲しい。マジだ。岸田奈美をゆるさない。
「めっちゃ面白かったよ」と言ってくれた夫に、「本当に読んでもらえたの?タグまちがってんじゃないの?キノリ杯とかになってない?」と言われた。悲しそうだった。岸田奈美をゆるさない。私の足りない努力とぬるい人生を許さない。
「ぶんなぐればいいんだよ!」と言われた。
この人をめちゃくちゃ喜ばせるはずだったのに受賞できなかった自分を許さない。
岸田奈美をゆるさない2日目
朝5時にカァッと起きた。鼻の下にはでかいニキビができていた。
私はマジのマジで受賞する心づもりだったのだ。このままには絶対できない。
受賞作を読み始めた。昨日はイライラして全く読めなかったので端から読んでいった。
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53本読みました。えっこういう攻め方もあるの?この狂い方何?フェス、フェスです。感性のバイキング会場や〜ってなりました。今すごく自由な気持ちです。
打ちのめされたりその後でも思い出してしまった印象的なもの14本選んでみました。10本にしようと思ったんですがここまでの絞りが限界だったんです。
「キナリ杯の文章興味あるけど53本はちょっと読めない」という人にも参考になればいいじゃないかと思います。
めちゃくちゃ悔しくて、そういう視点から見ているところもあるので、「なんで受賞できなかったんだろう」「面白い文章ってなんなの?」って悶々している人にもおすすめです。
ギャップに打ちのめされろ /超優勝-「AV女優に監禁された夜の話」
いきなりなんなんですけど、タイトルすごい嫌いです。
テカテカしててキャッチーで大嫌い、と思ったけど読んでみたら大好きでした。
元気いっぱい性欲りんりんの若い男の子の1夜の話なんですが、1万字超えですよ。でも読み手を置いていかない文章のうまさというかサービス精神というか、言葉のチョイスはセンスと品が良くて楽しくて、スイスイ読んでしまいます。
胸元がドンジャラ
に繰り返し笑ってしまった。楽しい時間をありがとうございました。
お前の生活が優勝なんだよ! /準優勝-『違うと思っていることは思い違いかもしれない話』
最初に出てくる画像のインパクトがすごいです。世界観急にくるわ。しかしテーマはかなり地味だし、謎に実用的だし、変わってると思います。
アメリカの州を一生懸命覚える夫婦の話です。
岸田奈美は、
二人でともに過ごす時間の尊さが伝わってきます
と書いていて、本当にこの人は文章が好きなんだなと思いました。
文章のテクニックや表現というより、この作品が生まれるような人間関係をよく作ってきたね、という生き方への賛辞だと思います。
ひたすらに好きです /準々優勝-『眉毛の濃くない加藤諒、探してます』
最高に好き。タイトルからもう最高です。
冒頭は何を言ってるのかわからなかったけど、日能研という単語が強すぎて何も頭に入ってこなかったけど、ものすごく好きなタイプの話だし文章でした。各家庭にアレが配られるのか、というくだり笑ってしまいました。
シュールな笑いが好きな方にオススメです。こういう面白い文章を書く人と出会いたいとずっと思ってました。仲良くしてください。
しかし尊かったでしょう /特別リスペクト賞「なに考えてんで賞」-『noteの「スキ」リアクションを分析して最高の感謝表現を考える』
文章の賞だって言ってるのに役に立つような文章を書くのが私は嫌いです。
しかしこの作品は最初から笑ってしまいました。真剣だったので。そしてね、noteでいいね!された時のリアクションをどう設定するか、ということを考えていくんですけど、
これってすごい尊い問いだと思いませんか?
自分の文章にいいね!ってしてくれた人に、なんとお礼を申したらいいのか。結局自分はどういう人にどういう風に受け取ってもらいたいのか、自分の文章を読んだ後の読後感とかも考えながらやるよね。すごい文章に向き合っている尊い作品だと思う。そして言葉の感覚が好きでした。
そして最終的に、どう設定したかは「いいね」しないとわからない仕掛け。というわけではないんですがやっぱりいいねしてしまう。楽しい記事をありがとうございました。
題材の勝利について /敗者復活優勝-『タイムカプセルを掘った話』
「面白い文章」ということについて、すぐ思いつく人がいます。
それはARuFa氏です。好きです。めちゃくちゃ好きです。ヒーローにあこがれてバリアを作ろうとか、そういう記事を書いている人です。
この人は文章も発想も面白いのですが、特徴は色々な実験をするということです。思いついたことを実際にやってみて、一連の出来事を記事にする。様々な才能をもつ方ですが、「題材の勝利」という言葉をきくとその極みはARuFaさん、と思うのです。レポ系というか。いや彼は狂っているし真剣なので本当に好きなんですけど。
キナリ杯ではそういうレポ系の、つまり王道ではない、文学っぽくはない、文章がたくさん選ばれていることにわたしは正直キレているところがあることを白状しなければならない可能性が多少なりとも
あります。
しかし
岸田奈美はこの記事についてこう書いています。
「題材の勝利」であり、展開の期待を裏切らない王道をいったと。
私は今回は面白い文章を読みたいと書いてあったので、画像もヘッダーだけにして文章のみで勝負した。だからむかつくし、くやしい。こんな、写真がゴテゴテ載ったものが受賞するなんて、って。
でも気になっちゃうよね、タイムカプセル。最後まで読んじゃう。
ちなみに私はこの若い男の子の話をみて、自分の子どもももう少ししたらこんなの埋めるのかなあ、何埋めるんだろうなあ何大事にしてるかな、と想像してしまいグッときちゃいました。
タイムカプセルってもしかして老若男女をちょっとエモくする作用ある?
題材の勝利かあ。くそ。勉強になりました。
題材の勝利系は結構多い。
題材の勝利について /敗者復活優勝-『まけない』
卵焼きの焼き方について研究していくのがこちら。最初「は?」って思ったけど、でも確かにさ、もし平安時代の家庭料理の作り方とか、一生懸命工夫してる様子が絵とか写真でまとまってたらおもしろいよね、マメだよね、読むかもしれない。
げらげら笑うようなことはなくてもなんか読んじゃうそういう輝き方というか生き方というか、文章があるんだなあ。悔しさダダ漏れで申し訳ないですけど。
タイトル好きです、エモさと真剣さがかっこいい。
それに毎日卵焼きを焼き続けた上にそれを綴っていくのって可愛いというかどこからそのモチベーションきてんの?卵焼きへの切実さを感じるんだよね。途中の躍動感のある卵焼きの写真に笑いました。
最後まで読んだらこれはエンタメでした。しかしそのモチベーションどこからきてんの?多分狂気を隠してこの淡々とした文章を綴っているんだなと思いました。岸田奈美の講評はこうです。
なんでこの人こんなにおびただしい数の卵焼きを巻いているんだろうと不思議になってくるのですが、気がつくと応援したくなってしまいます。
だからさ、生き様の大肯定なんですよ。人の人生を肯定したくてたまらない人の作った賞なんですよ。うるさいよ!陰気な記事をかいた私のうすのろまぬけ。
ひたすらに好きです /敗者復活優勝-『野球部に入ったら、人間の目が正面に位置していることにちょっと感謝し、言い回しの3塁コーチャーは仕事をせず、虚無の謝罪を天に向けていた。』
敗者復活優勝作品です。これはもう本当に好みが別れるのかもしれないのですが、タイトルからしてもう好きすぎる。もういいよ。もうわかった。もう好きです。
なんか、最初の見出しと書き出しでもう私は笑っちゃうんですよね…
こんにちは
野球部では「野球部の先輩や学校の先生と対面したら、立ち止まって大きな声で挨拶する」というルールがありました。
なぜかこうすることになっている、謎ルールっていろんなところにあると思うんだけど、ツッコミは入れちゃいけないんですよね。それはその世界の掟なので。「なんで「ちは〜〜っす」っていうんすか?」って言えない。おかしいなあと思いつつ体は淡々と処理する感じで、肉体と精神が結合できてないんですよ。その場限りのお付き合いなんですよ。その空間きっちり体育会系のようでいてすごいシュールなんです。
最初は昔の話をしているただの人かと思ったんですが、読み進めていくうちにすごいしつこい人だな!と思いました。面白さに粘着しすぎ。仲良くなれそうです。
ネタは普通でもめちゃくちゃ腕がいい職人なんですよね。芸人。こういう人の周りで暮らすとネタにされて辛かろうと思いますが楽しいと思います。
ドキドキをありがとう /一発逆転優勝-『私に「知らない」を教えてくれた先生』
先生のセリフのところで、色んなことを思い出して、想像がバァってひろがりました。
「知らない」って、自由なことです。
私は海外旅行が大好きなんですけど、それは自分を知っている人が誰もいない土地だからだと思います。旅行に出て家族や恋人と離れるとほっとする。これから自分がどうふるまってもここから関係をつくっていけるから。マイナスのところから挽回しなきゃってがんばらなくていい。いいところをキープしなきゃって頑張らなくていい。
人間は知らない人にいきなり嫌な顔をしないし、「なんで〜しないんだ!」って押し付けたりもしない。ましてや外国人には外国人の文化があることはみんながわかるので、強制されることがない。知らない、は自由だ。
この先生は、「先生」という立場の自分がどれだけ生徒に影響力があるかをものすごく理解していて、知性のある人です。どの生徒がどんなキャラクターでどんな成績だったか、引き継ぎを受けてあらかじめ準備をしていくことも努力かもしれないけど、フィルターを一切かけないでまっさらにあなたと出会いたい、って言われているようでドキドキするよな。フラットに接します、差別しませんっていう宣言ですよ。変わりたい人は変わってOKです、って背中も押してます。
いい感じに試されている感じがするよな。人として尊敬できる人に子どもの頃に出会えるのってすばらしいよな。そしてそれをずっと覚えているあなたの生き方が素敵なわけです。
竹内が概念になっていく話 /特別リスペクト賞「アマヤドリ賞」-『拝啓 竹内 〜2007年5月1日にインドのアグラからバラナシの夜行列車に乗っていた22歳の竹内へ〜』
もう反則ですよね。竹内が竹内っていう概念になっていく話なんですよ。
竹内の元は取れたと思う。
竹内はおいしい。
1人との出会いをめちゃくちゃ楽しんでいる人の話でもあります。竹内かましてるねって言い合える姉妹でよかった。
岸田奈美の講評もまた楽しい。
竹内、出すぎ。でも乱用された竹内は擦り切れることなく、むしろ終盤に向かってどんどん勢いを増していく。竹内の用法用量が守れていないのに、強烈なインパクトを読者に残す
竹内をみんなで共有できて嬉しい。
静けさにトリップできるエッセイ /特別リスペクト賞「アカルク賞」-『母の日に恋人を紹介したら 返ってきた言葉のこと』
これめちゃくちゃよかったです。なんか文章が静かなの。こういうテーマをこういうテンションで書いてくれたことが嬉しい。この人の心の中とか暮らしの品の良さというか、そういうのを体験できる時間でした。これを読んでいる時間が美しいです。読めばいいじゃん。
ものすごく沢山の美しい文章を読んで、自分の中の激しい感情とかそういうものと付き合ってここにたどり着いてます、という感じです。圧。をこの静かな文体の中に感じます。そして明朝体がものすごく合うよね。
なぜ書くのか /特別リスペクト賞19「ぴろしのマンガ編集馬賞」-『コルクラボマンガ専科とSNS』
なぜ漫画を描くのか、という話が出てくるのですが、文章についても同じだと思います。人の評価が気になりますが、より多くのいいねをもらいたいところですが、どうせならお役に立つような価値あるものを作りたいとは存じますが、しかし「自分の好きを極めろ」と。そう言うわけです。
やっぱり最後の漫画が私は好きです。共感が止まらないです。
読んで今一生懸命、泣くのを堪えてます…
ひたすらに好きです /特別リスペクト賞「あ、そうかも賞」-『小山コータローの映画評論』
存在しない映画評論。もう冒頭からダメだった。笑っちゃった。何この人。この変な人。
1本目【ペットショップ・バックドロップ】アメリカ(2016年)
この映画は、僕が小学生の頃に見たことがある【おいでませ!子猫ちゃん】のリメイクです。タイトルが一文字も残っていなかった上にプロレス技が入っていたので最初はわかりませんでした。
訳がわからない。なんでおいでませ子猫ちゃんっていうハートフルなストーリーっぽいやつが、プロレス技に変わるんだよ。
主演の子猫役であるマーシャル・アマゾネス
って誰!
しかもWindows95に入っていた動物のエアホッケーくらいのクオリティだったので
例えが一つもわからないのに面白い。ひたすらに天才。あらゆるセンスが狂ってるレベル。くっさいのにすっごい美味しい食べ物みたい。
これはね、知ったか映画研究家というボードゲームがあるんですけど、これを1人でやったような話ですね。
シュールの宝石箱のような作品です。参った。存在にありがとうという気持ちです。
文章の役割 /特別リスペクト賞「応援!エンタメワクワク賞」-『せつなさを胸に吸い込むほど匂い立つ、ヨルシカの夏』
タイトルこのエモが狂った最高のやつはなんですか?ってなりました。
ヨルシカというのは初めて聞きました。
音楽をただ紹介しているだけの文章だって思うんですけど、でもエンタメを紹介するのって、つまりそのエンタメを楽しんできた自分の時間の紹介なんですよ。それを書いて、賞をとっちゃったのはあなたの生活の優勝です。
文章を書くことで何をしたいかって、色々あると思うんですよ。
私の場合はとにかく 書いているその状態の脳が好きだし、どちらかというと自己愛だと思います。しかし文章というのはすごくて、ペンは剣より強いって言われてるみたいに、誰かを支えたりよきことをつたえ広めるって役割があるんです。あるんですね、ってことをこれを読んで、そしてこれを賞に選んでいる岸田奈美を見ていて思いました。
文章の賞だって言ってるのに音楽をここで使うの卑怯じゃないかと思って最初はキレてたんですけど。
これを読んでから私はヨルシカを何度も聞いてますし、「あの夏に咲け」めちゃくちゃよくて首をブンブン振ってます。これからヨルシカを聞くたびにこのキナリ杯で熱中していた時間を思い出すでしょう。
文章の役割 /特別リスペクト賞2「ロバート・ツルッパゲ賞」-『シルバニア赤ちゃんと出会っていない人たちへ』
この1本もそうです。わたしはもう、これを読んで明日おもちゃ屋さんに行こうとこう決めているわけです。
「かわいい。」
大体の文章がこれで構成されているんだけどこれで成り立ってしまう愛と写真と構成なんです。許す。岸田奈美が書いてますが、ほんと写真がガチ。愛がすごい。
あと、めちゃくちゃこの賞の名前いいですよね?この先の人生でずっと自慢できそうででもちょっとクスッとしてもらえそうでうらやましいです。
もっと紹介したいものが沢山あるんですが、今回はひたすらに好みだったもの、攻め方に学びがあったもの、普段だったら読まないような作品に刺激を受けた話をしたかったのでこんな感じにしました。
さて。お疲れ様でした。
祭りの終わりに〜書き手の孤独を癒すフェス〜
最初はなんで選ばれなかったんだ!ってまじで切れてたんですけど、読み始めたら面白くて。楽しくて。それで、スーパーに行って泣きました。
ここのこの文章がいいんだよね、この書き出しがいいよね、この結末に向かっていく流れがいいよね、構成が最高。言葉のセンスがいい、企画がいい、写真や画像がいい。愛がある。空気が優しい。
岸田奈美をそんなことを言ったり言わなかったりするんですけど、
文章を肯定することはその人の生き様を肯定することなんだって感じました。同時に昔書いた日記をポエムみたいって言われて恥ずかしくて死にたくなったことを思い出しました。人の書いたものを全力で肯定する岸田奈美をみて、わたしは救われたんだと思います。
ずっとこういう話がしたかった。
作品を書いた人と、岸田奈美と、そしてそれを読む私で文学談義じゃないけど、ものを書くのが好きな人同士でおしゃべりしているみたいな、そういう幸福感に包まれていました。
ずっとそういうことがしたかった。私の周りには一人も文章を書いている人なんていない。ずっとこういう風に読んでくれる人と話をしたかった。書く作業って孤独ですが、こういう話ができるといいよね。いや話をしたわけじゃないんだけど私はめちゃくちゃ話しかけてたし、ほんと楽しかった。
受賞作を読んで、スーパーに行って泣いたのは、
自分と比べてうまかったので落ちこんだからではないです。
楽しくて楽しくて、読んでいるうちに、いろんな思考が入ってきて、そういう面白がり方もあるんだって、文章って楽しいなって思って、いつのまにか自分の中からどんどん言葉が生まれてくる現象が起きていました。なんかもうチョコ買うだけでエモいフレーズばんばん出てくるんです。何これ。内側からのこの熱さいつ以来だろうって思ったし、これからもこのように皆さんのように細かいことに感動したり執着して生きていきたいって思いました。
改めて読み返す自分のnote/無受賞-『内定先がやばいかもしれない』
キナリ杯のために久しぶりに深く書いた文章なのですが、今までなら21いいねが最高のところ88いいねを獲得しました。自信がなくて最初はひとりひとりの背中を蹴り飛ばした上で土下座したい気持ちだったけど、今は素直に受け取りたいです。お一人お一人にお花を手渡したい気持ちです。ありがとうございます。
それでですね、53本読んだ上で自分のもまた読んでみたんだけど僭越ながら私にはやっぱり面白かったし自分で泣きそうになってしまったのでここまで読んで好みが合うかもしれないと思ったら読んで欲しいです。
まとめ
すごく大好きだって気持ちを伝え続けてきましたが、トータル岸田奈美をゆるさない生活の方が私は元気でいられますので、ずっと岸田奈美を追いかけるし、岸田奈美を許さない。小さな声で、しかしありがとうと叫ばせてください。