0014 キコ・コスタディノフ "00112021 SOMNIUM." AW21 クイックレポート
およそ2ヶ月ぶりの更新となる今回は前シーズンに引き続きKiko Kostadinov(キコ・コスタディノフ)の最新コレクションのクイックレポート。なるべく鮮度を優先したいので詳しいレビューはまた後ほど投稿する予定です。
Preface
2021年02月05日(金)13:00GMT、キコ・コスタディノフによるメンズウェア2021-22秋冬コレクションがオンライン上で発表された。SS21のプレゼンテーションがどのブランドにとっても模索のシーズンだったとすれば、今回は本格的にコロナ以降の世界を前提としたものとなっていたのではないでしょうか。
今まで通りにランウェイショーを無観客で行いライブ配信するビッグメゾンもあれば、映像や写真で発表するブランドも多く見られました。中にはLOEWEのようにフィジカルキットを配布することをすでにものとしているブランドもあります。BALENCIAGAはハイクオリティなゲームを発表して話題になりました(詳しくは前回の記事を参照ください)。プレゼン大喜利のようなシーズンを経て、多くのブランドが結局ランウェイ映像やルック写真に落ち着いた今、キコ・コスタディノフはどのような発表をかましてくるのか。そういう気持ちを抱きながら発表を待っていました。
今まではファッションウィークが近づくとキコ自身がインスタグラムのストーリーにspoiler(ネタバレ)とも取れる制作過程の写真を投稿するのが恒例となっていて、ファンの間でもそれらを基に期待を膨らませるのが常となっていました。しかし今回はAW21に関連していそうなストーリーを一向に投稿しないキコ。去年の秋冬コレクションからパリで発表をしているキコですが、今年にいたってはパリメンズの公式スケジュール(1/19-24)が終わっても何の情報もない状態で1月が終わり、キコオタクが集まるdiscordやinstagram上ではいよいよ「もしかしたら今シーズンはスキップするのではないか?」という話題が出てきた矢先の2021年2月1日(月)、キコのストーリーに「Friday Menswear AW21」の文字が(!)
そして告知通り、金曜日の22時(日本時間)にAW21コレクションのプレゼンテーションページがkikokostadinov.com上に公開された。
ウェブプレゼンテーションの体験
ブランドの公式サイトにアクセスすると普段は何もないところに「VIEW PROJECTION」というボタンと謎の写真が1枚表示されていた。ボタンをクリックすると今回のプレゼンテーションページに飛び、そこでさらに「Start projection」というボタンをクリックすると上記のような画面になりプレゼンテーション映像が再生される仕組みになっている。映像自体に音声はほぼついていなくて、右にある3つのボタンをクリックすることで3種の内から好きなBGMを流したり流さなかったり選べる。右上にある数字は映像内に登場するルックの番号で、現在表示されているルック番号に赤い三角が表示されるようになっていた。
このクリックで進めていく感じ(スマホネイティブなスワイプではなく)とか、機能をオンオフできるところやインターネット黎明期を彷彿させるレトロなウェブデザインはすごく今の流れを捉えているように感じられる。2000年頃のテイストが若い子たちの間で流行っているのは、その頃に生まれた彼らにとっては未知で新鮮に感じるからだろうし、それを発信している90年代生まれの人たちにとっては自分たちが幼少期に触れたインターネットや当時憧れていた上の世代が作ったテイストにノスタルジーを感じて引用しているからではないでしょうか。自分が幼少期に触れた物をクリエイションに引用するというのは20代のクリエイターあるあるだと私は思います。
少し話が逸れましたが、今回のウェブでの体験の工夫は観客を入れたランウェイショーが行えない中でいかに普段のウェブ閲覧とは異なる体験を与えるかという課題に対するこのブランドなりの回答なんだと思います。
90体という驚異のルック数
さっそくコレクションそれ自体の話に移りたいのですが、まずは先程解説した本コレクションのウェブページを軽く体験して頂きたいと思います。見ていただけましたでしょうか?それでは進めさせていただきます。
今回の目玉はなんと言っても90体という過去に見ないルック数の規模でしょう。他のファッションメディアでも公開されている正規ルック30体に加え、プレゼンテーションページのみで公開されている追加の60ルックを足して90。正確にはすべてのアイテムはメインの30ルック内で使用されているので、その他のスタイリング案として追加の60スタイルが提案されています。i-Dのインタビューで「ポイントはルック数を増やすことではなく、新しい視点を提案すること」と述べているように、現実世界でランウェイとショールームによる発表が出来ない今、ありとあらゆるスタイリング(服の組み合わせ)をブランド側が提示してくれることはオーダーするバイヤーにとっても非常に助かることなのです。
ちなみに前回のSS21の時点で世界はコロナ禍真っ只中だったので、展示会は実施されずバイヤー向けにはウェブオーダーシステムが公開され、オンライン上での商品の発注ができるようになっていました。アイテムごとに物撮り画像が用意されてはいましたが、実際の展示会のように試着して組み合わせなどを検討することはできません。なのでバイヤーの皆さんは27種のルック画像以外には自らの想像力を頼りにするか、画像をダウンロードして着せかえ人形のようにコラージュするしかありませんでした。なので今回のようにスタイリング案が大量にあるのはとてもありがたいのです。
異国の職業とワークウェア
過去のコレクションと違って今回はコレクションノートとプレゼンテーションノートが一般にも公開されています。公式の情報を得られるのはファンとしては嬉しいことですが、一方でレビューを書く者としては自分で情報を集めてコレクションそれ自体を見て、感じて、自分の解釈でテキストを書きたいという部分があります。(ちゃんとしたファッションメディアのライターさんはショーに出席してショーノートやインタビューも含めて記事を書いているので異なると思います。)
なので今回は90ルックもありますし、インスピレーション源として挙げられている作品なども未読なので、あくまでも服やスタイリングから現時点で私が感じ取ったことを軽く書きます。コレクションの背景やメッセージ等についてはまた後日、リファレンスを勉強してから書こうと思います。
キコのコレクションには春夏シーズンで実験的なことをして、秋冬ではどちらかというと置きにいったものを発表するという傾向があります。AW20などは典型的で、SS20のカラフルなコレクションから打って変わって売れ線の黒やグレー、ブルーやブラウンを基調としたアイテムが目立ちました。
そういった点から見ると今回はシルエットとしてはSS21よりはリアルクローズ寄りでありつつも、カラーパレットは挑戦的なものになっているのではないでしょうか。でありながらも上記のコートの様にピンクはピンクでもショッキングピンクではなく少しくすんだピンクを選んでいる所にブランドとしての成長が感じられます。
また、キコがよく使う手法としてウィメンズウェアのディテール等をメンズウェアに持ってくるというのがあります。AW19などはそれが顕著ですので、ぜひ私の過去の記事を読んでみてください。
上記のジャケットは生地を見ればすぐ分かるように、シャネルの代名詞であるツイードスーツを参照していることが分かります。メンズウェアでは中々使いにくそうな生地ではあると思うのですが、パッチポケットをたくさん付けることでワークウェア的なデザインに仕上がっている所が流石だなと思いました。
個人的に気に入っているのは上記のルック5です。キコの生まれ故郷であるブルガリアのトロヤン陶器を彷彿させる色合いのニットベストに、エプロン(巻きスカート)、袖をまくったシャツ、ゴム長靴、指出し手袋という市場のおじさん的なスタイルが合わさって、なんとも言えない異国のワークウェア感が出ているところが好きです。
他のルックを見てもこの「異国の職業に従事する人たち」感というのは現れていて、極めてSF的なコレクションになっているように感じました。実際、キコはコレクションを制作するにあたってマーク・フィッシャーによる言及(K-PUNKの2008年10月10日の投稿にあります)から辿り着いたクリストファー・プリーストによるSF小説「A Dream of Wessex (1977)(邦題:ドリーム・マシン)」を主要なインスピレーション源として挙げています。
なんといっても膨大なスタイル数と濃いリファレンスがあるので、しばらくはこのコレクションに関連する文献等の読み込みに時間を奪われそうです。
Afterword
唐突ではありますが、今回のクイックレポートは以上となります。今回はメインの30ルックから写真を抜粋していますが、公式サイトでのみ見れる60スタイルは非常に良いので、ぜひチェックしてみてください(ランダムで3つずつ表示されるので無限に楽しめます)。
後ほど執筆する予定である詳細レビューではこのコレクションのメインコンセプトである「Hauntology(憑在論)」、マーク・フィッシャー、資本主義と労働、そしてバーチャルな旅について言及しながら、本コレクションを紐解いて行こうと思います。
基本的にクイックレポート等の記事は無料公開にしていますが、サポートしていただけると執筆する励みになるのでどうぞよろしくお願いいたします!最後まで読んでいただきありがとうございました!
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