0020 Yeezy $20均一は「価値ゲーム」に想像以上に大きな一石を投じたのかもしれない
【この記事は2024年2月24日に書かれた未公開文章に加筆修正した物です】
遡ること2日前の2024年2月22日、yeezy.comに新たな商品が追加された。Yeezy Gapのデッドストックと思われるパーカー、Tシャツ、ジャージなどスウェット素材のベーシックなアイテムたちだ。これらはGAPとの契約が打ち切られた際にカニエ側が引き取った在庫か、これまで眠っていた在庫を改めてGAP側から買い取った物かもしれない。ウェブサイトの商品名や説明にはGAPとは一切書かれていないが、写真を見ると首元部分にYZY GAPのロゴがついているのがちらっと見える。
1日で28億円を売り上げた常識破りなカニエ・ウェストのスーパーボウル広告
ことの発端は2024年2月11日に開催されたスーパーボウルで放映されたカニエ・ウェストによる30秒のスポット広告だ。スーパーボウルとはアメリカのアメフトリーグNFLの優勝決定戦であり、一年で最も多くの人が視聴するテレビ放送と言っても過言ではない。合間に流れるスポット広告は当然多くの人が目にすることになるので、多くの企業がこぞって莫大な額を投入したCMを制作し放映する。そこで流れたカニエ・ウェストによる自身のブランドYeezyの広告が大きな話題となったのだ。
見ての通りカニエがスマホで自撮りして撮った動画はその中でも言っているように、広告枠の購入に予算を使ってしまったのでCM自体には一切金を掛けていないとのことだ。この30秒の広告枠は当時の日本円で10億円程度すると言われている。大ボケをかましているとしか思えない動画だが、サプライズはここからだった。
動画内で案内されているyeezy.comに行ってみると、それまで$200で売られていたYeezyのスニーカーや、Ty Dolla $ignとのアルバム『Vultures 1』のグッズが全品$20均一で販売されていたのだ。このYeezyのスニーカーYZY PODSは2023年12月に発売されたが、その靴下にソールをつけただけのようなシンプルさで$200もすることから熱心なファン以外は購入を踏みとどまっていた一品だ。それがたったの$20で買えるとなったら、たとえ微妙でも財布的にも心理的にも痛手にならないということで多くの人がこぞって購入した。
結果、カニエ・ウェストはたった1日で26万足、金額にして28億8,000万円を売り上げたのだ。10億円の広告枠も余裕でカバーできる額だ。それだけでなく、すでに$200で購入していた客には$180返金すると発表された。
このプロモーション方法はカニエだからこそ売り上げにつなげることができた特殊技のようであるが、ある意味「広告」というものの原点回帰であり、SNS時代を象徴する広告の形でもあると思った。
PLAYBACK: Yeezy for everyoneという理念とYeezyの変遷
カニエ・ウェストが自身のブランドYeezyを初めてお披露目したのは2015年2月のニューヨークファッションウィーク2015秋冬コレクション。当初はAdidasとのコラボレーションコレクションとされていたが、Adidasによる製造はスニーカーに留まり、服はアパレル製造会社Los Angeles Apparelによって製造されていた。2009年にNikeとのコラボで出したスニーカーがプレミアが付くほど人気だったこともあり、YeezyとAdidasによる最初のスニーカーYeezy Boost 750は瞬く間に売り切れ、その後登場したYeezy Boost 350シリーズは2010年代後半に加速していったスニーカーブームを牽引する立役者となった。
カニエは当初から$20でスニーカーを出したいと言っていたらしいが、Adidas的にもそれは厳しくYeezyは$220〜$400とAdidasの中でもプレミアムラインに該当する価格帯で販売された。
ミュージシャンとしてのカニエの説明は一旦省くが、彼は自身が思い描くコンセプト、世界観、アイデアや理念をYeezyというブランドのもと、服に留まらず建築や都市設計、教育などにまで広げる野望を持っていた。当時の資料などを見るとユートピア的なコミューンのような、牧歌的な暮らしに回帰するというイメージが描かれていた。
その自身の考えるよい価値観をより多くの人に届けたいという「Yeezy for everyone」という理念は今に至るまで変わらず根底にあるらしく、最初こそ熾烈な抽選でしか手に入らなったが、最後にはABCマートでも購入できるくらいに生産数と販路を増やしてすべての人にYeezyが行き渡る世界に一歩近づいていた。
2020年6月にはGapと協業したYeezy Gapが発表され、それまでのYeezyだと$400したパーカー類は$90で販売された。普通のGapと比べると高価格ではあるが、Yeezyのパーカーが$90で買えるということで人気を博した。Yeezyらしいボリュームとシルエットが特徴的なダウンジャケットYeezy Gap Round Jacketもカニエ本人やセレブリティによる着用で話題になった。
2022年1月にはこのコラボレーションにデムナ・ヴァザリアによるBalenciaga(バレンシアガ)が加わったトリプルネームのコレクションが発表され2シーズンにわたって続いた。Yeezy Gapよりも少し高めの$120-$400という価格帯だったが、この値段でバレンシアガとYeezyの名が入ったアイテムが手に入るということで各国で開催されたポップアップには行列ができた。価格を下げて広めるという方向性ではないが、新たな客層に届いたことは確かだろう。
2022年8月からGapとカニエ間の様々な不一致による対立が表面化し、10月にAdidasとGapはカニエ・ウェストの特定の集団に対する偏見を問題視しコラボレーションを打ち切ると発表した。カニエはかねてよりその極端な政治思想的な発言で叩かれており、今回の件をもって音楽とファッション両方の産業から干されることとなった。
しかし産業から干されたからといってその才能が枯れるわけはなく、カニエは新アルバムの制作を続けると同時に、2023年12月13日にGosha Rubchinskiy(ゴーシャ・ラブチンスキー)をYeezyのヘッドデザイナーに任命し先述したYZY PODSを$200でリリースした。これはAdidasと袂を分かちYeezyが初めて独自で作ったスニーカーであり、利害関係者が減ったからこそ好き勝手に作りたいものを作れるし、儲け度外視のアイデアの実現を優先した純度の高いモノが作れるのだとわたしは思っている。
YZY PODSのデザインはバレンシアガやVETEMENTS(ヴェトモン)が出しているソックスニーカーと一見違わないが、ソールが前後の2パーツに分かれていることで半分に折り畳んでコンパクトにできるという一工夫が加えられている。これは間違いなくアイデアの実現であり、それをバレンシアガやヴェトモンよりも安い$200で売り出した時点でファッションの選択肢を広げているし、ファッションが持つ重要な使命である「インスピレーションを与えること」に寄与していると言える。
2024年2月10日(スーパーボウルの前日)にTy Dolla $ignとのアルバム『Vultures 1』を各音楽ストリーミングサービスとYeezy.comを通してインディペンデントでリリースし、話は2024年2月22日に戻る。
Yeezy $20均一は「価値ゲーム」に想像以上に大きな一石を投じたのかもしれない
全品$20均一で販売されている商品の数が増えているのを眺めて思ったのは、これはブランドビジネス、もっと言うと現代の消費社会における「価値ゲーム」に想像以上に大きな一石を投じているのかもしれないということだ。
まずYZY PODSが持つ価値はカニエ・ウェストによるYeezyブランドという「名前」の価値。次に元々は$200で販売されていたという「値段」の価値(ブランディングにおいて値段はデザインの対象の一つである)。この2つの価値を「情報的価値」とする。アパレル商品の価値はこの「情報的価値」と「実用性」の組み合わせで出来ているとわたしは考えている。
今回のYZY PODSが持つ「実用性」は$20という手に取りやすい価格から来る気を遣わずに使い倒せる消耗品性と、プロダクトそれ自体が持つ使いやすさ、便利さである。$690とか$975もするただのソックスニーカーは庶民にとっては気軽に履けるものではないが$20だと気にせず履き倒せるし、コンパクトに折り畳めるとヒールを履く女性などはハンドバッグに入れておけば疲れたら履き替えることができるのだ。
これまで熱狂的な人気で中々手に入らなかったり、定価がそもそも$300台とスニーカーとしては高い部類であったり、物によっては定価の3倍程度の相場で取引されていたりと、決して誰もが触れられるものではなかったYeezyというブランド。
これが全品$20均一で販売されているのである。
ファストファッションをはじめ「安い服」が問題とされる主な理由は尋常じゃないスピードの消費サイクルや低賃金、過酷な労働環境での製造、デザインの盗用などだ。$20という価格だけを見るとYeezyはファストファッションと同じ土俵にいるように見える。しかし現在(2024年2月22日)展開されている商品は、靴下にゴムソール2枚を貼り付けたスニーカー、1枚の布を半分に折って左右を縫って真ん中に首を通す切り込みを入れたTシャツ、GAPと製造した商品のデッドストックだ。
デザインはこれまでのYeezyの世界観から変わりなく、クリエイティブチームにはゴーシャ・ラブチンスキーやモワロラ・オグンレシ、その他にも優秀なデザイナーたちをチームの一員として抱えている。
ハイブランドと変わらない情報的価値を持ちながらファストファッションと変わらない値段で売るという、ある意味「大衆の夢」のようなことをされると、付加価値で儲けを出すビジネスモデルで動いているハイブランドも、安さを売りにしているファストファッションも堪ったもんじゃないのではないだろうか。
今回のYeezyは安く大量に売ることで利益を上げるファストファッションと同じビジネスモデルを採用しているのでサステナビリティとかを考えるとイマイチではあるが、「純度の高いデザインを安く買えて良いんだ」という前提ができてしまうことを都合悪く感じてしまう人もいるのではないだろうか。
値段というデザインの対象
正直、今のわたしには何が正解かはわからない。商品の値段が安いことは手に入れやすいという価値があるが、値段が高いということにも価値がある。サステナビリティを前提にすると、インディペンデントなブランドが生き残るためには高い商品を作りすぎずに利益を上げていくべきであるし、金持ちにとっては高いこと自体が第一の価値だったりする。
ファッションというカルチャーと産業の維持発展、環境問題、資本主義という構造による格差の拡大。ファッションについて本気で考えるとあまりにも色んなことが絡み合っていて、作り手としても消費者としてもがんじがらめになって動きが止まってしまうが、カニエ・ウェストのように周りのことを気にせずアイデアに忠実に、まずやってみ続けることが結局は善い方向へ進む最短距離なのかもしれない。