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0006 キコ・コスタディノフ BA&MAコレクション

【この記事の本編は無料で読めます】 

キコ・コスタディノフ BA&MAコレクション

 この度有料部分を大幅に加筆し目次などを追加しました。これを期にぜひ新たに執筆したMAコレクションのイメージ映像に関する文章を読んでいただけますと幸いです。(2025/01/05)

 この度、再度加筆を行いver.4にアップデートしたことをここに記す。今回の更新ではMAコレクションのイメージビデオを追加した。そちらの部分だけ有料化し、これまでの内容はこれまで通り無料で読めるのでご安心ください。(2019/01/25)

 三度目にして最大の加筆を行ったので、冒頭で記しておく。これまでBAコレクションに関する記事だけを公開していたが、MAコレクションの方も書き終わったので当初の予定通り一つの記事として公開することにした。すでに読まれた方も、改めて倍の分量になった本記事を読んでいただけるとありがたい。
 またこのnoteの記事は基本的にすべて無料となっているが、面白いと思われた方は是非、筆者のモチベーションを高めるためにも課金してくださると幸いである。(2018/12/18)

 ご存知の通りこれまで取り上げてきたKiko Kostadinov(キコ・コスタディノフ)はロンドンの名門美術大学(カレッジ)「Central Saint Martins(通称セントマ、セントマーチンズ、CSM)」の出身である。2016年の6月にMA(修士:2年制)を卒業したキコだが、その道程は決して順調という訳ではなく、BA(学士:3年制)に入学する前に2年ほどセントマに忍び込み友人の手伝いなどをしていたという。この話については「0001 キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 1」0002 キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 2」「0003 キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 3」に書いてあるので是非チェックしていただきたい。

 さて、今回はキコがセントマーチンズに入学してから製作した作品について触れていこうと思う。卒業制作にフォーカスしつつ各学年における小プロジェクトなどにも注目していく。また、これまでの流れをあまり考慮せず、純粋にBAとMAコレクションに対する個人的な意見を書くことも試みる。



BA Bachelor Years(学士過程の3年間)

 まず1年目に製作したと思われる作品が以下である。

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 安易に解釈するのであれば、黒色の生地を使用しているところから彼の「ヨウジオタク」な部分が前面に出ていると取れる。デザイナーを志す学生は自分の好みのテイストで物を作りがちだが、優れた独創的なデザインを生み出すには好みと同時にまだ誰も使っていないリファレンスを見つけることが重要であると、セントマではしばしば言われるらしい。そういう意味では初期の段階で自分自身の趣味嗜好を吐き出してしまうことは重要である。そうすることでやり残した感を排除し、新しいものを作ることに集中することができるのではないだろうか。

 2年時に製作したと思われるのが半身を裂き織り加工したジャケットである。ここですでにBA卒業コレクションの鍵となるウィーヴィング(織り)の技術が試されている。

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 こちらは同じく2年時にCELINEのヘッドアクセサリーデザイナーの下行われたバッグプロジェクトのドローイングと作品写真である。

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そしていよいよ3年次の卒業コレクションである。

 ここでイギリスの大学制度について少し言及しておこう。イギリスの多くの美大、とりわけUAL (University of Arts London/ロンドン美術大学連合)のカレッジは学士課程が3年間で、その前に1年間ファウンデーションコースという予備校のような過程が存在する。
 多くの十代がここで1年を通して美術におけるありとあらゆるテクニックを一通り経験し、最終的にこれまで作った作品をまとめたポートフォリオと希望するカレッジと専攻を提出し、学生は夏休みに入る。そしてそれらを各カレッジの審査員が見て「うちに来てほしい」という学生にオファーを送るというシステムになっている。
 日本の大学受験とは真逆で、大学側がほしい生徒を選ぶのだ。当然、希望するコースからオファーをもらえないことも多々ある。そこでもう一年待って再度チャレンジするか、オファーをくれたカレッジに進学するかは学生本人に任されている。

キコ・コスタディノフのBA卒業コレクションに話を戻そう。

全ルック
https://www.vfiles.com/vfiles/19498

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 私がこのコレクションを最初に見た時に感じたことはキコ本人のヨウジ好きが前面に出ているということだった。ドレープがかった長いガウンにゆったりとしたパンツはヨウジヤマモトのメンズにありがちなコードである。しかしそれを別にしてこの作品を魅力的にしているのはその美しい色合いとテキスタイルの質感であると思う。
 ドレープの入った生地はインドのシーツを藍染めしたものを使い、ごちゃごちゃと糸が絡まったような、ただれた皮膚のような質感のテキスタイルはレーヨン糸を自作の木枠で織ったものだという。このコレクションの始点Rabih Mrouéによってdocumenta 13にて披露されたシリア空爆において自らの死を撮影し配信する人々についてのレクチャー式のパフォーマンス「The Pixelerated Revolution (2012)」にあるといい、テキスタイルの質感も被爆によってただれた皮膚を参照しているらしい
 そして私が一番魅力的に感じるコレクションのカラーパレットは、Genevieve Asseというフランスの女性画家の作品をリファレンスとしている。作品を比較すればそのまんま引用しているということが見てわかるだろう。

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Geneviève Asse, "Stèle no. 4" (1996)
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Geneviève Asse, "Lignes et rouge" (2010)
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アッセ作品一覧
https://www.wikiart.org/en/genevieve-asse

またこのコレクションの肝となっている独自のテキスタイルはSheila Hicks織物の作品をインスピレーションとしている。

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Sheila Hicks, “Adrift” (2017)


 作者は本コレクションを通してどんどん境がなくなっていく現実の生活とオンライン上の生活の関係性に着目し、衣服が有機的に着用者を取り込もうとしている様子を宿主に寄生するアメーバのようにも見えるテキスタイルを通して描いたという。先に述べたように、それは空爆を受けるシリア人の現実がオンライン配信とディスプレイを通して私達の現実を取り込もうとするようでもあり、彼らの現実とは被爆によってただれた皮膚なのである。

 常に誰も使っていないリファレンスを探せとCSMで教えられてきたこともあり、キコの参照するネタは一般的にはあまり知られてないものや、普通ではなかなか思いつかない突飛な組み合わせのものが多い。これはファッションデザイナーに一番求められる能力のひとつと言っても過言ではないだろうか。

 キコはこの卒業コレクションで2014年度の優秀賞を受け取り、限られた人にしか枠が与えられないプレス向けショーに参加している。注目すべきは優秀賞を受け取った卒業生6人のうち二人のBA専攻がFashion Design with Marketingであること。そしてその二人がキコ・コスタディノフとグレイス・ウェールズ・ボナー(WALES BONNERのデザイナーGrace Wales Bonner)であるということだ。私が知る限りこの6人のうち自らのブランドを立ち上げ、現在活躍しているのはこの二人だけであり、これにはマーケティングも専攻していたことが関係していることも自らビジネスを成立させている要因の一つであると考えられる。

 しかしひとつ述べておきたいのは、ファッションデザイン専攻者の卒業後の選択はブランド設立だけが正義という訳ではないということである。有名メゾンに入る道もあれば、小さいがニッチなブランドに入るという道もあり、自身がデザインするのではなくデザイナーの右腕になるという道もある。選択肢は人それぞれにあり、良し悪しはそのひと本人が決めることなのだ。


MA Master Years(修士過程の2年間)

 まずは2016年2月19日に開催されたセントラルセントマーチンズのMA卒業コレクションのルックを見ていただこう。

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 その他のルックはこちらで確認していただきたい。またショーの映像はここから確認可能である。

 BAではテキスタイルアートや抽象画のアーティストをマテリアルの引用元とした一方で、MAの卒業コレクションでは自身のルーツに立ち返り、内装業を営む父の仕事からインスピレーションを得たワークウェアのコレクションを制作している。本作は日本のワークマンなどで売っている所謂「作業服」をベースに、独自のカッティングやディテールを加えた作品となっている。
 実際、リサーチするために日本の作業服を多数取り寄せたという。日常的風景の一部となっているが故に日本人はなかなか着目しないこれらの作業服に美しさを見出しリファレンスとした所はさすがというべきだろう。

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 注目すべき点はこの時点でキコ独自のパンツシルエットが生まれていることである。プリーツやタック、ダーツを複雑に多用することで膝から下が立体的かつフレア状に広がるシルエットを作り出し、機能性と合理性を重視した作業服のパターンにインストールするという試みは作業服を見慣れている日本人にも斬新に映るのではないだろうか。

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シグネチャーであるダブルプリーツがすでに確立されている

 ワークウェアという父親の職業とつながるルーツを日本の作業着という新しい視点から解釈する。自身のルーツと好きなものを上手く繋いで作品にすること。これこそファッションデザイナーを志す若者が独創的かつ新しい価値観と作品を生み出すために達成すべきことなのだと、私はキコ・コスタディノフをリサーチしていて思った。ちなみにテキスタイルはブルガリア軍のデッドストック生地などを取り寄せ使用。これもまたルーツに根付いた制作であると言える。

 ショーのルックに話を移そう。キコはこの卒業コレクションのスタイリングのリサーチも兼ねてか、vanillajellabaという人物と一緒に卒コレのアイテムを使って作品制作を行っている。

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vanillajellabaによるMAコレクションとDSM限定アイテムを使ったスタイリング

 このvanillajellabaという謎に包まれた人物は衣服で顔まで全身を覆う独自のスタイリングでかなりのフォロワーを集めており、一部ではUKを拠点に活動する日本人スタイリストAi Kamoshitaではないかと噂されているがその正体は定かではない。
 このリサーチもあってかショーでのスタイリングに全身タイツを使用した結果、顔まで覆い隠すことになりモデル側から出演NGを出されてしまったそうだ。しかしそこは臨機応変に対応し、代わりに彼の友人たちがモデルを務めランウェイを歩き事なきを得たらしい。
 Vanillajellabaとの活動は現在でも続けており、たまにインスタグラムにブランドのアイテムを使用したスタイリングがアップされてるのが確認できる。

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ブランド3シーズン目のアイテムを使用したvanillajellabaのスタイリング作品

 卒業後、幾つかのメゾンからオファーを受けたそうだが自らのブランドをスタートする事を選択したキコ。以前にStussyとのカプセルコレクションを通して関わりを持っていたDover Street Marketからもすぐに声がかかり、卒業コレクションを販売しないかと提案されたという。しかしブランドを立ち上げるにあたり過去の作品を使い回したくないと考えたキコは、なんとたった8週間という限られた時間の中でMAコレクションをベースにファーストシーズン「00012016」を作り上げた。

 このファーストコレクションについては次回以降掘り下げていこうと思う。以上がMAコレクションに関するざっくりとした解説と所見である。

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ここからは有料部分限定でMAコレクションのイメージ映像をポストし、考察を行っていく。

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