いつかこんなの全部懐かしくなるんだぜ
タイトルは、3年前の今日、すなわち2015年6月17日の日記から。noteのネタないかな〜なんて、Evernoteの日記を漁ってたら発見した言葉。
当時、ひそかに好きな先輩がいた。会社の同僚グループで飲みに行った夜、案の定終電がなくなっちゃって、家が近い彼と私はふたりでタクシーに乗った。彼はお調子者キャラだったし、私はよくいじられていた。
飲み会のノリを引きずったまま、たわいない愚痴や冗談を言い合ってたら、持ってたスマホをいきなり取り上げられた。
「返してくださいよー」
笑いながらスマホを取り返そうする私を無視するように、彼はしゃべり続ける。
「そんでさ、髙橋(会社の同僚)が勧めてきた映画観たんだけどさ」
「ちょっと!」
少しカチンときて、彼のほうに手を伸ばした。だけどその左手はスマホを取り返せなかった。一回り大きい彼の右手に、繋がれてしまってたから。
「・・・!?」
「全然面白くなかったのよ、その映画が。」
私の動揺さえもまた無視して、彼は何事もなかったかのように、楽しそうに話を続ける。しっかり手を繋いだまま。
結局私がタクシーを降りるまで、手は繋いだままだった。そしてやっぱり何もなかったかのように、部屋の前まで私を送り届けて帰っていったのだった。
***
3年前、不覚にも舞い上がってしまった私に忠告したい。今ならわかる。恋人でもない女といとも簡単に、なめらかに手を繋げるなんぞ簡単に信用してはならぬと。どんなにピシッとスーツを着こなし、どんなに熱く仕事や夢を語ろうと、遊び慣れてる人間であることに変わりはない。
だけど当時の私にそんなことを見抜く目はまるでなく、「もしかしてこの恋叶っちゃうかも」と脳内でガンガンにaikoを鳴らしながら期待を募らせたのだった。その期待に拍車をかけるような出来事も、その後実際にいくつか続いた。
だけど脳内ピンクな日々にはあっけなく終わりが来て、彼に新しい恋人が出来たという知らせが入ってきた。彼が決して「好き」だの「付き合おう」だの言葉にしなかったこと、そして決して「一線」を越えるような真似をしなかった理由がやっとわかった。
いっちょまえに落ち込んで、片っ端から吉本ばななばかり読み漁っていた当時書いた言葉が、今日のタイトルだ。「いつかこんなの全部懐かしくなる」と。
当時は強がって書いた言葉だったけど、たしかに正しかった。あんなに悲しかったはずの気持ちも、今じゃうまく思い出せないくらい。もう全部、懐かしくっていとおしいくらい。