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教科書だけで解く早大日本史 2021社会科学部 4
社会科学部は各学部の二部が統合されてできたこともあって、学費が他の学部より安く、難易度も低めでした。
さて、Ⅰの残りをみていきましょう。残り3問は戦後からの出題です。
※大学公式ページで問題を確認してください。
※東進データベースは要登録です。
◎問8 GHQ占領期の出来事として不適切なもの1つ
イ 片山哲内閣は、炭鉱事業の国家管理を計画した。
ロ 復興金融公庫からの融資をめぐり、昭和電工による政官界への贈収賄事件が発生した。
ハ 民有民営形態の9つの電力会社が地域別に設立され、発電から配電までの一貫経営を担うようになった。
ニ 経済安定九原則の実施やシャウプ勧告の税制改革により、インフレが深刻となった。
ホ 鉱工業の生産が伸び、戦前の水準を超えるようになった。
このタイプの問題で選択肢を見る場合には、「内容そのものが不適切な説明」と、「内容は適切な説明だが、問の答えとして不適切」に注意する必要があります。
【早稲田合格塾受講生各位】
— 相澤理 (@o_aizawa) August 13, 2021
文系の各学部では、正誤問題をいかに攻略するかが、合否のカギを握ります。まず第一に心がけるべきは、問題文をていねいに読み、問われている内容を正確につかむことです。世界史・政経の選択者も、『日本史ゴロゴ』の冒頭にある「正誤問題の解き方」を読んでください。 pic.twitter.com/faauxbuo0K
まず、「GHQの占領期」の期間ですが、1945年9月からサンフランシスコ平和条約が締結された1951年9月までの6年間です。この間の内閣総理大臣は、東久邇→幣原→吉田Ⅰ→片山→芦田→吉田Ⅱ→吉田Ⅲの7代5人が担いました。
それでは選択肢ごとにみていきます。
イの片山哲内閣に関する文は正しい文です。新憲法施行直前の1947(昭和22)年の総選挙で日本社会党が第一党となり、新憲法施行後最初の首班指名で日本社会党委員長の片山哲が選出され、民主党(芦田均)・国民協同党(三木武夫)との連立内閣を組閣しました。しかし、
内閣は連立ゆえの政策の調整に苦しみ、炭鉱国家管理問題で党内左派から攻撃され、翌年2月に総辞職した。(378頁)
短期政権でしたが、労働省の発足などを実現しました(初代の婦人少年局長は赤瀾会メンバーの山川菊栄)。また、片山内閣の時には、国家公務員法が制定されて内務省が廃止されています。過度経済力集中排除法もこの内閣の時に成立しています。
ロは芦田均内閣時に起こったことで正しい文です。片山内閣退陣を受けて芦田均が組閣しますが、「広く政界からGHQまで巻き込んだ疑獄事件(昭和電工事件)」(379頁)で退陣します。復興金融公庫からの融資をめぐる事件だったことは「用語集」(「用語集」345頁R)に書かれています。
ハの民有民営形態の9電力会社については、問6で説明した通りです。こちらも正しい文です。ただ、「教科書」では「1951(昭和26)年に…地域別9電力体制に再編成され」(393頁)とあるだけなので、GHQ占領期に入っているかどうかは微妙です。とりあえず保留します。
ニの「経済安定九原則」は1948(昭和23)年12月、「シャウプ勧告」は1949(昭和24)年ですので、時期は問題ありません。しかし、「インフレが深刻となった」が不適切です。ハの保留は解除です。
戦後直後のインフレは幣原内閣の金融緊急措置令で一時的に収まりますが、第1次吉田内閣で閣議決定され、片山内閣・芦田内閣で実行された傾斜生産方式によって、「赤字財政による巨額の資金投入にともなって、ますますインフレが進行」(380頁)しました。これを収めるための政策が、「徹底した引き締め政策でインフレを一気におさえて円の価値を安定させ、国際競争力を高めることによって日本経済を復興・自立させようとした」(381頁 脚注①)経済安定九原則であり、赤字を許さない超均衡予算を組ませたドッジ=ラインでした。
ドッジ=ラインによってインフレは収束した(381頁)
また、シャウプ勧告は税制改革の勧告で、これに基づいて直接税中心主義・累進所得税制が採用されました。これはインフレとは直接の関係ありません。
ホの鉱工業の生産が戦前の水準を超えたのは、朝鮮戦争による特需に沸いた1951(昭和26)年です。ハと同じく占領期からはギリギリですが、ニが不適切でしたので、正しい文と扱ってよいでしょう。
◎問9 戦後内閣と関連の深い政策の組み合わせ 適切なもの1つ
イ 田中角栄 ー 所得倍増
ロ 池田勇人 ー 全国総合開発計画
ハ 佐藤栄作 ー 日本列島改造論
ニ 岸信介 ー 資本の自由化
ホ 鳩山一郎 ー 電電・専売公社の民営化
選択肢には第5次吉田内閣以降の内閣総理大臣が並んでいます(一人を除いて)。鳩山一郎ⅠⅡⅢ→(石橋湛山)→岸信介ⅠⅡ→池田勇人ⅠⅡⅢ→佐藤栄作ⅠⅡⅢ→田中角栄ⅠⅡの順です。
政府は、1962(昭和37)年に新産業都市建設促進法を公布するとともに、全国総合開発計画を閣議決定し、産業と人口の大都市への集中を緩和し、地域間格差を是正しようとした。(397頁)太字は引用者による
全国総合開発計画は太平洋ベルト地帯に集中する工業を全国に開発拠点を設けて広げる計画でした。1962(昭和37)年における内閣は第2次池田勇人内閣です。したがって、ロが正解です。
イの「所得倍増」は第1次池田内閣が掲げたスローガンです。岸信介内閣が安保改定を強行して退陣したため、池田内閣は「寛容と忍耐」をとなえて革新勢力との対立を避けながら、「所得倍増」スローガンに経済政策を展開しました(390頁)。なお所得倍増は1967(昭和42)年に達成されました。
ハの「日本列島改造論」は田中角栄が掲げたものです。列島改造ブームによって土地や株式への投機が起こり、第1次石油危機と重なって狂乱物価となりました。
ニの「資本の自由化」はOECD(経済協力開発機構)に加盟した1964(昭和39)年のことで、この年は前回の東京オリンピックの年です。第3次池田内閣でした。
ホの「電電・専売公社の民営化」は1985(昭和60)年、第2次中曽根康弘内閣です。「国鉄分割民営化」は1987(昭和62)年、第3次中曽根内閣です。電電公社はNTT、専売公社はJT、国鉄はJRとなりました。
△問10 年代整序 ①~④を古い順
① 本州と北海道を結ぶ青函トンネルが完成した。
② 東海道新幹線(東京~新大阪間)が開通した。
③ 東京タワーが完成した。
④ 千葉県成田市に新東京国際空港が開業した。
イ ②→③→①→④
ロ ②→③→④→①
ハ ③→②→④→①
ニ ③→②→①→④
ホ ④→③→②→①
最後は年代整序です。
①の青函トンネル開通は1988(昭和63)年。(407頁)
②の東海道新幹線(東京~新大阪間)は東京オリンピックに合わせて1964(昭和39)年。(399頁)
④の新東京国際空港開業は1978(昭和53)年。(407頁)
以上が「教科書」に書かれています。
③の東京タワー完成は「教科書」にはなく、「用語集」にあります(「用語集」362頁L)。完成年は1958(昭和33)年です。カラーテレビ放送の始まる1960(昭和35)年の2年前でした。「昭和33年」で「高さ333メートル」です。
並び順は、③→②→④→①でハが正解です。②→④→①の並び順は「教科書」で確定しましたが、ロとハの判別には③の年代が必要でしたので△評価です。
これでⅠは終了です。◎6〇1△3でした。印以上に厳しいセットだったと思います。