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教科書だけで解く早大日本史5-9 商学部2020

 商学部2020年編も最後の大問になります。前半では戦後の学問・思想について、後半は戦後直後の経済政策についてが問われました。

東進データベースは要登録です。

大学公式ページに問題があります。


△問A 総合雑誌『 a 』(岩波書店)

△問B 総合雑誌『 b 』(筑摩書房)

 問A、問Bは空欄補充問題です。資料1は戦後直後の学問・思想について問うた本格的な問題で、論述や倫理で出題されるとなかなかハイレベルになりそうです。社会科学(≠社会学)を学ぶなら押さえておくべき3人(丸山真男、大塚久雄、川島武宜)も登場します。

 さて、問題は

「占領下の民主化政策のもとで、思想や言論に対する国家の抑圧が除去された。1946年1月には『 a 』(岩波書店)、『 b 』(筑摩書房)などの総合雑誌が相次いで創刊され、『中央公論』や『改造』なども復刊された。」

 の空欄補充です。

『世界』②3⃣ 戦後、価値観が変動する中で、1946年1月、戦争への反省、平和と民主主義確立の立場で、岩波書店が創刊した月刊総合雑誌。
:『展望』1⃣ 筑摩書房が、1946年1月に刊行した月刊総合雑誌。『世界』と共に戦後民主主義をリードし、太宰治や大岡昇平の小説を載せ、占領期の文学も担った。(いずれも山川用語集349頁L)

(a)が『世界』、(b)が『展望』でした。『世界』は脚注にみられますが岩波書店刊という記載はありません。

 同時期に『思想の科学』も創刊されます。これについては問Fで問われています。


◎問C 片山・芦田内閣に引き継がれた( c )方式

◎問D 税制への勧告=( d )勧告

 こちらは資料Ⅱについての空欄補充問題です。資料Ⅱは1948年から1950年にかけてアメリカの占領政策転換に伴う日本の経済復興について書かれています。

(第1次吉田茂内閣のもとで閣議決定され)「片山哲・芦田均内閣のもとで実施された傾斜生産方式は、生産再開の機動力となったが、赤字財政による巨額の資金投入にともなって、ますますインフレが進行した。」(山川詳説日本史B 日B301 380頁)太字は筆者による

 傾斜生産方式が正解です。これは、石炭と鉄鋼に重点的に資金を投入する政策で、有沢広巳(人民戦線事件で大学を去り、戦後は法政大総長)が提唱しました。第1次吉田内閣で閣議決定後、片山・芦田の連立内閣で実施されました。

 資料Ⅱの詳細については、問H、問Iで再び解説します。


◎問E 丸山・大塚・川島らの社会科学研究会が知識人・学生に与えた影響を30字以内の文章にまとめよ 

 問はふたたび資料Ⅰへ戻ります。政治学の丸山真男「超国家主義の論理と心理」、経済史学の大塚久雄「近代的人間類型の創出」、法社会学の川島武宜「日本社会の家族的構成」を取り上げて、知識人・学生に大きな影響を及ぼした、としています。

「西欧近代との比較により、日本の後進性を批判」(384頁)という視点が入っていればよいと思いますが、問は「知識人・学生に与えた影響」ですから、それに沿う形で答案を作成しなければいけません。

日本の後進性の批判が旧来の価値観を相対化させることになった。」(29字)とまとめてみました。

西洋と比較した日本の後進性の批判が価値観に刺激を与えた。」(27字)などでもよさそうです。


〇問F 『思想の科学』創刊時の同人でない人物は

1. 武谷三男
2. 都留重人
3. 大江健三郎
4. 渡辺慧
5. 鶴見和子
(高度経済成長期に)「マス=メディアも発達し、新聞・雑誌・書籍類の出版部数が激増し、社会派推理小説の松本清張、歴史小説の司馬遼太郎ら人気作家が輩出した②。」
②彼らの作品は、純文学と大衆文学の中間に位置するという意味で「中間小説」と呼ばれた。また、この時期の純文学では、三島由紀夫・大江健三郎・高橋和巳らが活躍した。(399頁)

 選択肢の中で教科書に登場するのは大江健三郎だけです。そして、その大江健三郎が『思想の科学』創刊時の同人でない人物です。大江健三郎は東大在学中の1958年に芥川賞を受賞、1994年にノーベル文学賞を受賞しています。『思想の科学』創刊時はまだ10歳を過ぎたくらいです。

 残る4人については「用語集」にもでてきません。高校生レベルなら大江健三郎しかわからないでしょうし、文学者と社会科学研究会という違いで判断するしかないでしょう。

1.の武谷三男は素粒子などの研究をした理論物理学者
2.の都留重人は公害経済などで著名な経済学者
4.の渡辺慧は海外で活躍した理論物理学者
5.の鶴見和子は社会学者

 この4人と、丸山、川島、鶴見俊輔の7人が創刊メンバーです。大学入学後には社会科学系の学部なら丸山、都留、鶴見俊輔らを読む機会があるかもしれませんね。

△問G 戦後直後の文学作品 作者と著者

1.野間宏 ー 青い山脈
2.太宰治 ー 斜陽
3.井伏鱒二 ー 黒い雨
4.坂口安吾 ー 堕落論
5.大岡昇平 ー 俘虜記

戦後文学作品については、「おもな文学作品」として

坂口安吾『白痴』(1946)
太宰治『斜陽』(47)
大岡昇平『俘虜記』(48)
谷崎純一郎『細雪』(48)
三島由紀夫『仮面の告白』(49)
野間宏『真空地帯』(52) 385頁

 などが占領期の文学作品として挙げられています。2と5は正しい組み合わせです。教科書で分かるのはここまでです。

 井伏鱒二は『山椒魚』『黒い雨』などで有名な作家(早大)、坂口安吾は『白痴』より先に『堕落論』を発表しています。

「大岡昇平と野間宏は、自身の苛烈な戦時体験を西欧現代文学に学んだ斬新な手法で表現し」ました。野間宏は『真空地帯』で軍隊の非人間性を告発しました。大岡昇平は『俘虜記』のほか、『レイテ戦記』『野火』『武蔵野夫人』など。

『青い山脈』は何度も映画化された石坂洋二郎の長編小説です。

 資料Ⅰの問題はここまでです。「思想や言論に対する国家の抑圧が除去された」という文で始まり、「日本学術会議が設立された」で終わる2段落の資料文には、否応なしに菅内閣による「学術会議任命拒否問題」を連想してしまいますが、この出題は安倍内閣時代の2020年2月の入試問題です。しかし、例年は経済史に関わる論述を出題する商学部があえてこの問題を放り込んできたことに意味を感じてしまうのはなぜでしょうか。

◎問H 1948年に起きた出来事

1.ロイヤル陸軍長官が「日本の経済自立を促し、共産主義の防壁にせよ」と演説した。
2.ドレーバー陸軍次官が来日し、日本の賠償軽減と企業分割緩和をGHQに進言した。
3.政令201号で国家公務員法と労働組合法が改正され、すべての労働者が争議権を失った。
4.第2次吉田内閣が成立した。
5.ケナンの提言で経済復興と再軍備を目指す対日政策が決定した。

誤文が一つの問題です。「これは1949年でした。残念」のような意地の悪い問題ではありませんでした。

1948(昭和23)年には、GHQの命令による政令201号で国家公務員法が改正され、労働運動の中核であった官公庁労働者は争議権を失った。(380頁)

3.の「すべての労働者が争議権を失った」が誤りです。

「全官公庁共同闘争委員会に結集した官公庁労働者を中心に、吉田内閣打倒をめざし、1947(昭和22)年2月1日を期して基幹産業を巻き込むゼネラル=ストライキへの突入が決定されたが、スト突入前日にGHQの指令で中止された。(378頁)

 この2・1ゼネスト中止を経て、翌年の芦田内閣時に政令201号という流れになります。ゼネスト中止が決まり、共同闘争共闘会議議長の伊井弥四郎による「一歩退却、二歩前進、労働者農民万歳」という放送が有名です(レーニンは『一歩前進二歩後退』だろ、というツッコミをしてはいけない)。

他はすべて1948年の出来事として正しい文です。第2次吉田内閣の成立は380頁本文、ロイヤル、ケナンについては脚注でふれられていますが、ドレーバーについての記載はありません。なお、ドレーバーについては用語集の「ロイヤル」の項に書かれています。

△問I 経済安定九原則の項目

1.資金貸出制限
2.賃金安定
3.物価統制
4.食糧集荷改善
5.国債発行

 誤りを選ぶ問題です。

「GHQは1948(昭和23)年12月、第2次吉田内閣に対し、総予算の均衡、徴税の強化、金融機関の融資を復興に制限賃金の安定物価の統制などの内容を含む、経済安定九原則の実行を指令した。」(380-381頁)太字は筆者による

経済安定九原則は金融引き締めによってインフレを解消して、円の価値を高めて輸出志向の発展によって日本経済を復興させる政策でした。インフレを解消しなければいけない=市中の資金を回収しなければいけないわけですから、市中に資金を供給する「国債の発行」は政策の目的から考えて誤りだと判断するべきです。とはいえ、「教科書だけ」では「食糧集荷改善」との判断がつかないので用語集に頼るしかありません。

残りの4項目は、貿易改善、物資割当改善、増産、食糧集荷改善でした。


以上、大問6⃣は◎4〇1△4でした。

トータルでは、◎30〇15△12×2でした。教科書だけで解ける割合は76%でした。

これで商学部2020編は終了です。次回は2020年の残り(文、文構、教育、国教)ではなく、2021年の問題をやりたいと思います。

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