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まるまるいちにち まっぱだか

「滞空時間」という言葉がある。
どれだけ空中にいたか、ってこと。
「潜水時間」という言葉もある。
どれだけ水中にいたか、ってこと。

じゃあ、「どれだけ はだかんぼ でいたか」は?

滞裸時間?

在裸時間?

どれもしっくりこない。なんだか、服を着てる緊張感を感じてしまう。

漢字だとカタイのでとりあえずこれを「はだかんぼタイム」と名付けるが、この「はだかんぼタイム」記録、あなたは最近、最高何時間だろうか。わたしは今、たぶん、はだかんぼタイムが22時間に達したところ。現在も記録を更新している。現在も全裸で文章を書いている。8月29日。午後10時。鈴虫の声。秋めいた風が肌をなでていく感じ。

「全裸」っていう言葉の語感はすがすがしいけれど、どことなく性的なニュアンスを帯びてしまうのでめんどくさい。わたしが22時間連続で服を着ないでいる理由は性的なものではない。むしろ逆に、「えっ、なんで服を着なきゃいけないんだっけ?」って、冷静になっただけである。「はだかでいる理由」は問われるのに「服を着る理由」は問われないなんて、にんげんはへんてこないきものである。みんな、ほんとははだかなのにね。

ということでわたしのこの状態は「全裸」でも「ヌード」でもなく、あえていうと「はだかんぼ」って呼びたいなあ、と思う。意味を脱ぎ、性的なニュアンスを脱ぎ、社会的なコードを脱ぎ、ただ、ただただここに はだかんぼ であることの、なんと気持ちのいいことだろうか。

からだをしめつけるものが何もない。一度服を着てしまえば全身の触覚に絶え間なく入力され続ける、あの「服を着てる感」……例えば、ズボンのきれが太ももに擦れるあの感じ、足首に靴下のあとがつきそうなあの感じ、ベルトの革にお腹の皮が乗っかるあの感じ、シャツのタグが首の後ろでチクチクするあの感じ、汗を吸った服のしめりけのあの感じ、あらゆるあらゆる「あの感じ」からすっきりと解放される。イエイ。はだかんぼ、イエイ。フローリングにゴザをしいて寝っ転がる。イグサのいい匂い。汗をかいた麦茶ボトル。からだの外側を涼やかな風が、からだの内側をひんやりした麦茶が、すうっ、と走っていく。はだかんぼ、イエイ。

現代日本社会において はだかんぼ でいられるということは大変なぜいたくだ。例えばわたしは二十歳くらいの頃、三鷹市大沢の国道交差点沿い月額47000円ワンルームアパートの二階に住んでおり、プライバシーが不安であった。カーテン開けたらすぐ国道。トラック野郎とバッチリ目が合う。カーテンを閉めていてもトラックが通るたびに部屋全体がゴトンと揺れるので、なんだか常に誰かの気配がして、全然落ち着かなかった。そんなぐあいなので、わたしが はだかんぼ でいられる場所は安っぽいユニットバスの中だけであり、しかもそれはただ「服を脱いでからだを洗っている」という状態であるに過ぎず、生活感だけがあり、開放感とかはなく、「イエイ!はだかんぼ!イエイ!」感は味わえなかった。シャワーカーテンがすぐにカビた。

それからシェアハウス暮らしになり、それから好きな人と暮らし始め、好きな人と暮らすことはつまり、わたしのはだかがわたしの望まないときにまでも性的な意味を帯びてしまうということだった。同性を愛する人々の中には、「恋人だと思ってた人と友達みたいになっちゃって別れた」という経験をする人もいて、いや、それは同性を愛する人でなくったって異性とでも経験することなんだけど、相手が同性だとそれをことさら「ああ、誰も彼もみんなどうせ友達みたいになって離れて行っちゃうんでしょう。だって同性だもん。うう」って悲観してしまう場合もあり、そういう人のトラウマスイッチを押さないためには、たぶん「はだかんぼ!イエイ!」みたいな友達ノリは控えた方がよく、なんか「そんなに見ないで、恥ずかしい……」みたいな性的ノリでいた方がよく、っていうかたぶん、そんなにやすやすとは裸にならない方がよく、そういうことを思い始めると、「えっ? わたしのはだかがソーシャルすぎる」ってなってしまい、そんなに四六時中ソーシャルに社会的に生きなくたっていいな。そんなにわたしの裸に意味を見出さないでもらいたい。はだかんぼ、イエイ。ということで、海風の吹き込む家に一人で暮らし始めたのだった。

(それだけが理由じゃないけど)

(でも、いつでも気兼ねなく意味もなく はだかんぼ でいられる生活、すきよ)

服を着て、会いに行って、それでまた、裸になる。でも好きな人の前で裸でいることはやはりどうしてもソーシャルな意味を帯びてしまうことであり、っていうか、人が人の前に在ることそれ自体がそりゃあもうソーシャルであり、だから、数日間ソーシャルに過ごしたあと、わたしは、「はだかんぼ、イエイ!」デーを設けることにしている。

はだかんぼで飯を食う。

はだかんぼでハイキック。カロリー消費。

はだかんぼでゴザに寝て、

はだかんぼで国際関係論の新刊を読む。

そんな日だったので、まるまるいちにち、まっぱだか。

このまま眠ろう。
朝起きたとき、はだかんぼタイム個人記録は30時間台に乗るのだ。

SNS原稿用紙で綴る一枚記」は、SNS投稿に最適化された原稿用紙を使ってお送りする短い読み物です。コンセプトは「画面越しにも、手書きのぬくもり」。SNS原稿用紙について、詳しくはこちらです。
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