十二国記と私

本日2019年10月12日、十二国記18年ぶりの新刊『白銀の墟 玄の月』が発売された。

1ファンとして楽しみにしていた。手帳に印をつけ、10月に入ってからは毎日のようにツイッターを確認して公式アカウントのカウントダウンや同じように楽しみにしているファンのつぶやきを見ていた。

しかし、そこに立ちこめる暗雲…。

そう、台風19号である。

ツイッターでは「十二国記新刊に合わせて、『蝕』が起きている」なんてつぶやきがあって、わたしも面白がっていた。

しかし、実際発売日当日になって、どこもかしこも営業中止モードになり、結局わたしは新刊を手に入れられていない。

あれ?

あんなに楽しみにしていたはずなのに、なんか気持ちが足りなくない?
いくら台風が近づいてると言っても、午前中はまだ空いている本屋もあったし、その気になればちゃんと入手できたはず。
それを怠るとは、本当にわたしは新刊を楽しみにしていたのだろうか。
そもそも、新刊に合わせて既刊を復習することもしていない。
わたしはちゃんと十二国記の新刊を待ち望んでいたのだろうか?

ということを疑問に思ったので(プラス結局、新刊は手元になく外出もできず暇なので)、自分の十二国記遍歴をまとめてみようと思う。

わたしが初めて十二国記を読んだのは大学3年の終わりから4年の始まり、就活まっただ中。
さまざまな企業の説明会や面接の合間や電車移動時の時間つぶしに読む本を探していて出会った。
カレンダーに即して言うなら、2017年3~4月。

あれ?(2回目)

そしたら、まだたった2年半しか経ってない。
最初に「18年ぶり」とか言っておきながら、わたしは昔からのファンの6分の1の年月も我慢していないのだ。
古参の読者に「新参者は黙っとれ」と言われそう。

しかも、当時わたしが十二国記を買ったのは古本屋である。こちらとしては安く買えて有り難いが、出版社の利益にはならないし、作者には一銭も印税が入らない。
散々「新刊を楽しみにしている」と言っておきながら、わたしの読書はその新刊になんの貢献もしていないのだ。
(言い訳にしかならないが、風の万里 黎明の空の下巻だけは新刊書店で買った)

とはいえ、いつどこで読んでも物語の面白さは失われない。新潮文庫の刊行順に読んでいき、広瀬目線で怪異に怯え、陽子のたくましさに感動し、幼い泰麒に癒やされ、尚隆と六太の掛け合いを楽しみ、鈴・祥瓊・陽子の成長と邂逅を応援して、珠晶の利発さに喝采を送り、李斎の願いを受けて手を尽くす各国の王と麒麟の動向に手に汗を握った。
どの巻を読んでも面白く、物語の世界に没頭した。

うん、やっぱりわたしは十二国記が好きだ。
各タイトルはちゃんと覚えられていないし、読み返した回数も少ないし、キャラクターをちゃんと把握しきれてないし、難しい単語とか表現は適当に読み飛ばしちゃってるけど、好きなものは好きだ。

台風が過ぎたらすぐに本屋に行って、『白銀の墟 玄の月』を買おう。

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