行司のはっけよぉ~いと落花生の殻入れに転生する夕刊とゴボウ
「はっけよぉい~ 残った残った残った残った~」
ラジオから流れてくるのは、九月場所の相撲中継。
二つに折られた座布団を枕にし、畳に寝転んでいるじいちゃんの横で、威勢のいい行司の声が流れてくる。
しかしそんな盛り上がりも虚しく、当のじいちゃんはいびきをかき始めたところだった。
「さぁやってまいりました。本日は福岡ドームからお送りしております。ダイエーホークス 対 阪神タイガースの…」
居間では、座椅子に座ったお父さんが、目は夕刊、耳は野球中継、手は落花生の皮をむきに口に運ぶという、大谷選手もびっくりの三刀流を披露しながら、夕日に照らされていた。
※福岡ドーム:現 福岡PayPayドーム
※ダイエーホークス:現 ソフトバンクホークス
「お義母さん、ゴボウの細さはこれくらですかねぇ」
台所では、ばあちゃんとお母さんがきんぴらごぼうを作っている。
お父さんの大好物がばあちゃんのきんぴらごぼうと発覚した日から、お母さんのミッションは「まったく同じ味のきんぴらごぼうを作れる様になること」に決定した。
幾度となく繰り返されるお父さんの試食試験をクリアし、無事継承された “母の味” は今となっては私の大好物であり、得意料理だ。
これは、私が大好きな幼少期の光景だ。
・
・
・
当時私が住んでいた福岡の家から、お父さんの地元、要は私にとってのじいちゃんばあちゃんの家まで、車で片道90分くらい。
2週に1回位の頻度で遊びに行くほど、私はじいちゃんばあちゃんの家が大好きだった。
春にはめいいっぱい咲き乱れるシロツメクサで花かんむりを作り、
夏には縁側で焼肉をして、そのまま庭で線香花火の勝負をし、
秋には野菜の収穫で、力いっぱい引っこ抜きすぎて尻もちをつき、
冬にはできたてのお餅を、ストーブの上であたためて砂糖醤油で頬張る
楽しかった思い出は数えきれない程あるけれど、
不思議なことに
なによりも鮮明に覚えているのは、何気ない、毎週末の夕暮れ時の光景。
サザエさん症候群という言葉を大人になって知ったが、当時の私にも “子供版サザエさん症候群” なるものがあり、「サザエでございま~す!」という声が聞こえれば、あと1時間で家に帰る合図だった。
じいちゃんばあちゃんの家が大好きで、どうしても帰りたくない私は、もうすぐ帰るという雰囲気を察した瞬間に、じいちゃんに花札の挑戦状をたたきつけ、「ちょっと待って!もうちょっとで終わるから!」と、アディショナルタイムを1分でも長く獲ろうと必死だったような。
外に出ると、鈴虫のお別れの大合唱にあわせて、満月に照らされた稲穂が手を振っている。
90分かけて家に帰る。もちろん私は、運転するお父さんの大変さなんて1mmも考えずに気持ちよさそうに、眠りに落ちた。
・
・
・
ラジオから流れる行司の元気なはっけよぉ~いも
読み終わったあとは落花生の殻入れに転生する夕刊も
ゴボウの皮でいっぱいになったスーパーの袋も
ぜんぶぜんぶ。ずっとずっと。
忘れずに生きていきたい私が大好きな幼少期の光景だ。