愛しのワンダーズ 四話 酒池肉林
愛しのワンダーズ 四話 酒池肉林
その夜、真理恵のiPhoneにはプッシュ通知が送られてきているのに、誰も気づかなかった。多田深月の生死の知らせだったのに。
新宿歌舞伎町のクラブお姫さまパラダイスのホスト・ケンジは、五〇〇万の売り掛け金を焦げ付かせていた。愛に飢える女相手にシャンパン祭りの、後の祭りは追い込みだ。
追い込まれるケンジは、かねてから鬼推しのコスプレーヤー多田深月を拉致し、店に差し出すことで弁済に代える話が裏でできていた。これがひどい話で、多田深月はお姫さまパラダイスに行ったこともなければ、ケンジとの関係もないのである。ただケンジの恋愛妄想と、何より金になるほどのいい女が、エースプロ所属のコスプレーヤー多田深月だったのに過ぎない。荒っぽい人身売買をきっちり仕事にする鬼畜がおり、それが新興犯罪集団新宿黒龍社なのである。中国人のラオ・ハンが仕切っている。荒っぽい手口をいとわず、昨今暴対法で弱るヤクザを駆逐する勢いだ。
押しファンのケンジのことを深月は知っていたが、家に上げるような仲ではない。だがケンジはコスプレ会場で深月が真理恵とただならぬ関係であることを動物的嗅覚で嗅ぎ取っていた。
ピンポン
「どなた? 」
「ファンのケンジです」
「こんな遅くに何の御用? 」
「真理恵さんという方が、大変な事故に遭われて他に知らせる伝がないから、深月さんに至急知らせてほしい。助けてほしいと言われまして、えへっへ」
深月は何でケンジが? と不審ではあったが、このところ連絡がない真理恵が一大事なのだ。子細を教えてもらわなければと男を部屋に上げたのだった。
「へっへ、深月さんオレあんたのファンなんすよ」
「ええ、ファンの集いでお会いしましたね。でも今は真理恵ちゃんのことを……大変な事故ってどういうこと? 」
「まあ、教えてあげてもいいんすけどね。それよりお互い気持ちよくなりましょうよ、あんたオレの女なんすから」
「な、何を言っているの。騙したわね、卑劣よ。出て行きなさい、早く」と深月は、魚フライを挙げていたところだったので、熱い揚げ油を玉ジャクシで振り撒きながら威嚇する。長い睫毛が怒りに震え、何としてでも懲らしめてやろうという腹なのである。
「おっと危ない危ない。鍋に火でも入ったらどうするんです。ここはおとなしく話し合いましょうや」
という間もなく小鍋から炎がメラメラ立ち上り始めた。
「やべ、だから言わないこっちゃない。オレが消火するから下がってな」とケンジは流しの蛇口からボールいっぱいの水をザーッとかけたから堪らない。火の手はそこら中に飛び散り、一部が台所の洒落たカフェカーテンに燃え移り、もうどうしようもない。慌てた深月が消防に電話しようと背を向けるところを、後ろからケンジに頭を殴られ昏倒してしまったのだった。
「こんなことで、計画をおじゃんにするわけにゃいかねえんだ。悪く思うなよお嬢さん。そうだ途中で目を覚まし大騒ぎされたんじゃそっちの方が一大事だ。ほれこのデートドラッグを二倍飲ませりゃ静かにしているだろう」と、最近北朝鮮から入ってくる強力なやつだ。
「しばらくはこいつで冷たくなってな。くっそ火の回りが早えな。早くずらかるに限る」
深月を担いだケンジは、一気に階段を駆け下り、車に転がり込んだのである。深月は後部座席で、ミニスカートから滑るような生脚を大股開きにして昏倒している。
しかし、女神の手にはまだ僅かな幸運が残っていたのだ。微かな意識が残る間に握りしめたものがあった。厚みのある五百円硬貨くらいの円盤で……
「みっちゃん、女ひとりが新宿で生きるって大変なこと。これだけは必ず持っていて、バッグに入れておいて。何かあれば、わたしが必ず助けに行くから」
夏の前に、まさにこの部屋で互いの肉体の甘美に酔いしれた夜、その後で大事な人だからと……手渡しされ、目の前で真理恵自身のiPhoneと同期してくれたのである。そう、Air・Tagという円盤状の小型無線発信機で、世界で稼働する八億台のiPhoneのうち、ただの一台でも近くを通過すれば、瞬時にアップルのクラウドに位置情報がアップロードされ、また瞬時に真理恵のiPhoneにダウンロードされるようになっている。その位置情報は暗号化されているため真理恵にしか見ることができない。
人気コスプレーヤー深月は名花である。身長は真理恵の一六六センチより二センチ高い一六八センチ、コンパクトにまとまった真理恵の肉体に対して、深月はバイオリン型のトルソーが花開くようだ。それなのに今は、黒髪のシニヨンが崩れ哀れを誘う。肌に貼りつくミニスカートの裾がまくれ上がっている。コスプレやレースクイーンのポージングのために脚のシェイプアップは欠かせない。股から膝への豊かな三角錐と膝から足首への締まった三角錐の二つがマッチしなければならないのだ。だから深月は毎晩フルスクワットやデッドリフトをやり、かと言って筋ばらないよう厳しいストレッチも欠かさない。造形美と言っても過言でない美脚が無造作に投げ出され、奥に覗く白く小さな三角布は恥丘の優美な曲線を描いている。死せる瞬間に生命が放つ一瞬の光芒を、深月は発散させており、屍姦というものはこんなモメンタムで起きるものなのだろう。
だが深月が死んでしまっていることに、まだケンジは気づいていない。
「ここまでくりゃいいだろう。これで黒龍社に運び込めばオレの売掛金はチャラ。へっへやれやれだ。しかしこんないい女を味見もせずに? 据え膳も食わずに? ありえねえ」
大久保公園の物陰に車を停めたケンジは、後部座席に移り、深月のぽったりした唇を吸ったのだが、冷たく氷のようだ。
「冷てえなあ。まさか死んでねえよな深月ちゃん、頼むぜ、脅かしっこなしだぜ……まさか、まさか、息はしてるよな……まさか。うおーやっちまったー息してねえ。どうしよう」小心なケンジは、ここに至ってぶるぶる震える。
「警察か、だめだ何が警察だ、死刑になっちまわあ。黒龍社?だめ怖すぎ、とりまお嬢さまパラダイスの支配人。うわーどうする」ケンジは支配人に「やっちまったー、どうしよう」と電話したのだった。
「何をやってるんだお前は、それで今どこだ」
「お大久保公園っす」
「そこから動くな、死んだばかりなら角膜や腎臓は取れるかもしれん。黒龍のラオ・ハン社長に頼むから、おめえそこをミリも動くんじゃねえぞ。ガッシャーン」
さすが新宿黒龍社の手回しは早い。死後、臓器が傷むのは速いからスピード命、角膜二枚・腎臓二個で一千万の見入りだが、腐れば沈めるだけでも赤が出る。采配を振るうのはラオ・ハン、情け容赦は爪から先もない男だ。
「とりあえず目と腎臓は取るぞ。気合い入れい。臓器採取チームが着きしだい始めんぞ」と命令を下す巨漢が社長のラオ・ハンである。
「確かにいい女だ。一発やってやるから素っ裸にひん剥け」と言い、深月の全裸全貌を目に収めると
「もったいねえ女だ。生きているときに犯りたかったぜ」と言いながら、死者への敬意もあらばこそ、深月の股を押し開き。一気に犯した。
「おう? 死体の膣がこんなに締まるか? 」と言いながら抽送を始める。
「どう見ても息はしてねえが、まんこは締まったり緩んだりしているぞ……
ひょっとするとまだ生きてるんじゃねえかこの女。もしそうなら全力で生かせ。こんな上玉は滅多に手に入らねえ。てめえらわかってんのか、おう臓器チーム、全力で生き返らせてみろ 」一味は全員中国製のスマホを使っているのだが、この時呼ばれた医師の一人がiPhoneを持っていた。暗号化された深月の位置情報はたちどころにiCloudに上がり、瞬時に真理恵のiPhoneに落ちてきたのだが、それに気づいたのは翌朝のことである。
起きぬけの目をこすりながら、バッグから取り出したスマホを見る真理恵の目が細くなり、ぎゅーっと凝視していたと思うや、いきなり
「みっちゃんは生きてる」と大声で叫んだのだ。仔細を聞かされたわたしと豊三は、脱兎の如く出動準備に入る。豊三のハイトワゴンは今ではワンダ号と名を変え、ボウアップし、ロールバーが屋根を補強し、後部座席には、天井から床までパイプが垂直に固定されている。それを跨いで真理恵は性感を昂らせていくのである。真理恵の強さの根元は性感、そして性技やがて正義へと発展するのである。
豊三が真新しいビニールを破り、白手袋の手で真理恵にパンストを履かせていく。股の中央で陰裂にセンターシームを遠慮なく食い込ませ、陰唇がちょうど左右に分かれるように外性器を縛めるのである。すでに真理恵の膣からは愛液がパンストの外に滲み始め、それこそが真理恵の強さの源泉だ。おまけにコルセット・ひらひらしたスカート・ルビーの目がついたティアラを巻けば完璧だ。
「いくわよ。なんとしてもみっちゃんを救出する、なんとしても」
「トビ頼んだよ。わたしは今から乗り込んでみっちゃんを助ける」トビとは真理恵にゾッコンの変態デカ、そう新宿署凶悪犯罪係の川越飛一刑事に通報したのである。真理恵はワンダ号の後ろで、ポールに股を押し付けながら武者震いだ。
新宿黒龍社の本部にわたしたちは雪崩れ込んだ。一瞬怯んだラオ・ハンだったが、さすがに暗黒組織の首領を務めるだけあり、肝が座っている。
「なんだてめえらは。殺されてえのか」度太い声音で威嚇にかかる。対峙するのはわたし一人だ。
「おたくさんねえ、うちのみっちゃんを預かってくれてます? みっちゃんですよ。多田深月ちゃんのことなんですがね」
「ああ、あの女ならたっぷり可愛がってやったぜ、死んでる時にな。だが今頃はおおかた生き返って、オレ様にヒーヒー言わされるのを楽しみにしていることだろう、うわっはっはっ。おうてめえら、なんだかわけの分からねえ奴らだが、構うこたあねえ殺っちまえ」
ばらばらと手下が拳銃やら釘打ちしたバットやらを手に迫ってくる。そこでわたしが横に退くと後ろから現れたのが、変態性犯罪者の豊三である。豊三は肩にバズーカ砲を担ぎ、問答無用とばかりにぶっ放した。ワンダ号後部座席のパイプはダンスポールではなく、バズーカ砲の砲身だったのである。豊三はただの変態ではないようだ。
そして一瞬で世界が終わる爆発音が轟き、部屋の全てが死に絶えた。もうもうたる煙で何も見えないが、外からプルコギの旨そうな香りが漂っている。灰塵が沈降し、ようやくわずかな視界が開けるのにはおおよそ一○分はかかったろう。生存者はいない。おっと一人だけ立ち上がった者がいる。
「ぬおー、ニーザイガンシェンメ、ニーザイガンシェンメ」憤怒の形相で仁王立ちした。どうやら何しやがるんだてめえと言っているらしいが、こちらは預かり知らぬこと。わたしは手に抱えた箱に手を突っ込み、その中には千代紙を細かく千切って満帆に入れてきたのだった。それを天井まで届けとばかりに巻き散らす。すると季節外れの桜吹雪が、はらはら舞い散り、ゆっくり歩み入れたのが、われらが真理恵すなわちワンダである。女にはムードというものが何より大事である。ワンダは、落ち着いた様子で巨漢ラオ・ハンから二メートルの位置に立つ。
「お前か、無力なみっちゃんをてごめにしたというのは本当か」
「なんだおめえ気狂いか。大事なところが丸見えじゃねえか。だがいい女だ、おめえも深月のようにおれのスケにしてやってもいいんだぜ、泣くなよ」ラオは不敵な笑みを漏らす。
ワンダの長い睫毛にひとひらの桜が止まったその時、華麗な背面跳躍をしたのである。わずかな助走から大きく飛び上がり、右脚をしならせ横に開脚しつつ、ラオ・ハンの頭部めがけて迫っていく。この時ラオ・ハンから見ると、スローモーションのように女の股が顔面目がけて飛んでくるのである。ワンダの大きく開かれた股には愛液に濡れる陰唇と陰核が浮き立っているのだから、男は身構えることができるはずもなくただ棒立ちであった。ワンダの右太腿がラオ・ハンの左側頭に触れる瞬間、股は顔面に押し付けられ、桃源郷の匂いにラオ・ハンは包まれた。そして踏切った左脚も包み込むように、ラオ・ハンの右側頭に巻きつき股締めが決まる。この時のワンダの上体は上を向いて逆立ちしたような形なのであるが、鍛え上げた腹筋で一気に上体を起こすやラオ・ハンの頭部に全身の体重をかけて締め上げる、そして一声
「必殺飛び股締め……落とし」の音声とともに左股をわずかに緩め遊びをもたせた空間に、右股全力の捻ねりを一気に加える。すると誰にも聞こえるような音が
「ぼっきーん」と響き、ラオ・ハンの姿は、まるで貿易センタービルが崩れ落ちるようであった。ワンダはねじ曲がったラオ・ハンの頭に跨がり、およそ五分も顔騎で窒息させた。沈黙のとどめを刺したのである。
「さあ、みっちゃんを救い出すよ。みっちゃんを探して」その時すでに豊三は、隣室で多田深月を蘇生する医師たちを締め上げていた。深月は口や腕にチューブを入れられていたが、ものものしい気配に気付き、その中に真理恵の声を聴く気がして、心で真理恵ちゃん、わたしはここよと叫んでいたのであるが、突然ケンジが股の間に手を差し込んでくるではないか。ああダメダメ、だめよ。生死の境目を彷徨しながらも、ラオ・ハンに犯された膣が疼き潤と濡れるのを感じてしまうのである。がっつーんと音がして、急にケンジは倒れた。後ろには真理恵ちゃんがバズーカの砲身を奮っている。その凛々しい姿に深月の目は涙に霞み、もうはっきり見えない。
「みっちゃん、しっかりして。今助け出してあげるわよ、気を強く持って」薄れていく意識の中で、真理恵にしっかり抱かれる夢を見た。あなたが欲しい。そしてわたしもあなたのものにして欲しいと思うのだった。
ラオ・ハンの部屋に「動くな、警察だ」と、本庁女子トイレで婦警に不適切行為があったカドで新宿署に飛ばされた元捜査一課エースで、今は新宿署凶悪犯罪係の変態デカ川越飛一刑事の声が轟くのを背に、わたしたちは脱出した。ワンダがみっちゃんを抱き抱えている。初出動はうまくいった。とりあえず今夜は祝杯だ、それにワンダと深月という堪えられない女たちもいる。酒池肉林と洒落込もうじゃないか、ええ?