ユニバーサルファッションで叶える心地よい生き方

「自分が生きていることを実感できてよかった。ありがとう。」

ファッションショーに出演したのがきっかけとなり、それまでほとんど話さなかった人が生き生きと話をするようになった。

「この時の感動が忘れられず、ユニバーサルファッションの研究をする原動力となった。」と、見寺教授は当時を振り返る。

見寺教授は、神戸芸術工科大学でユニバーサルファッションの第一人者として、24年にわたり研究・普及活動を行っている。

もともと、大阪の百貨店に勤めトレンドの最先端を追いかけていたが、学生へ新しいファッションを教えるため、39歳で大学教授へ就任した。


カシミヤのセーターやシルクのブラウスは1つも役に立たなかった

「1995年1月に起きた阪神淡路大震災がきっかけで、ファッションに対する考えが変わった。」

教授に就任した翌年、見寺教授は自宅で被災した。
震災を経験し、ファッションやデザインとは何か、考え直すきっかけになったという。

当時、見寺教授のクローゼットに並んでいたのは、高級素材のシャツやトレンチコートなど、おしゃれで高価な服がほとんどだった。だが、それらの服は被災生活では全く役には立たなかった。
瓦礫の中を歩くスニーカー、防寒力のあるダウンジャケットや動きやすい服が本当は必要だった。

「震災に合うまでは、海外のブランドやカッコイイものがファッションであると思い、そればかり追いかけていた。だけど、それだけじゃない。衣服には機能性も必要なのだと感じた。」

デザインの力で、人々の生活を豊かにするにはどうすれば良いか。自分にできることを模索していた時、兵庫県立総合リハビリテーションセンターからファッションショーのオファーを受けることになる。


ファッションで未来を明るく

高齢者や障害者のためのファッションショーをしてほしいと、見寺教授に声がかかった。


最初は、自分の持つ知識では対応できないと断わったが、
「障害者の人も他の人と変わらない。みんなお洒落をしたいと思っている。そのためには高齢者、障害者の方も楽しめる衣服が必要なんだ。」
と、澤村誠志院長の想いを聞き、引き受けることを決めたという。

ヨーロッパでは年齢と共に装いがどんどん華やかになるのに対し、当時の日本は、地味な色合いや、同じようなデザインの服が多く、お洒落を楽しめている人が少なかった。機能性とデザイン性を兼ね備えたファッションが必要とされていた。


1996年、見寺教授は「寝たきり老人ゼロ大作戦のファッションショー」を手掛けることになった。
参加者は重度障害者の25名で、最年長は95歳だった。

それぞれに好きな色や、着たい形をヒアリングし、その人に合う服を製作した。予算が少なかったため、見寺教授が以前勤めていた百貨店へ協力を要請するなど工夫して準備を進めていった。

衣装合わせをし、リハーサルを行う中で、参加者の体調に変化が見られた。


普段は2時間ほどしか起き上がれなかった人が、リハーサルでは半日も起き続けることができたというのだ。
他にも、ほとんど話さなかった人が、普通に話をするようになったという。

本番当日、1300人の観客が集まり、ファッションショーは大成功した。


「自分が生きていることを実感できてよかった。ありがとう。」

ショー終了後、見寺教授は参加者の1人から伝えられた、この言葉がいまだに忘れられないと言う。

「人間の力ってすごいなと思った。ファッションには人を元気にする力があることを身をもって経験することができた。これからは、福祉分野で自分の専門性を活かしていきたいと強く感じた。」

24年にわたる、ユニバーサルファッションの研究が始まった瞬間だった。


ユニバーサルファッションとは

ユニバーサルファッションを一言で表すと、「ユニバーサルデザインの服」のことだ。

そもそも、ユニバーサルデザインとは、1985年に、アメリカの建築家ロナルド・メイス氏によって提唱された概念だ。

ユニバーサルデザインとは、年齢や性別、国籍、身体能力の違いに関わらず、より多くの人が利用できる製品、環境、建物、空間をデザインし、生み出すこと。​

利用者を特定したモノではなく、すべての人が心地よく利用できることを最初から考えているのが、ユニバーサルデザインだ。

駅や公園などの階段横に設置されているスロープなどががそれにあたる。
ファッション分野でも事例は少ないが、徐々に認知が広まりつつある。


着る人を制限しないユニバーサルモード」をコンセプトにしたブランドが東京にある。
2012年に設立された、多摩地域の産官学協業ブランド「ハハ」だ。

デザイン性だけでなく、機能面にも配慮した服を製作しているユニバーサルファッションのブランドだ。

2019年3月22日に渋谷ヒカリエで開催されたファッションショーでは、ランウェイに車椅子を使用したり、コルセットを利用した新たなスタイリングを提案した。


車椅子でも着られるロングコート。これは車椅子に座った時に、裾がもたつくのを無くす工夫が施されている。着丈を調整できるよう、ジッパーが取り付けられており、裾を折り曲げてジッパーを上げるとショート丈に変えることができる仕様になっている。

他には、背中が開くデザインのジャケット。これは、肩甲骨あたりに取り付けたジッパーを横に開くと、中に着用したコルセットが見えるようになっている。普通なら隠してしまうところを敢えて見せることで、コルセットもお洒落のアイテムとして取り入れたのだ。


デザイン、着こなしと共に斬新なものではあるが、とりわけ特別な服というわけではない。
ハハのように機能性と利便性、さらにファッション性も兼ね備えた服は、超高齢社会へと進む私たちにとって、今後身近な存在になると言える。


世界で類を見ない高齢社会の日本

1970年、日本は65歳以上の人が7%を超える「高齢化社会」へ突入した。その24年後には高齢者が14%を超える「高齢社会」になった。

高齢者比率が7%から14%へ移行した期間を他国と比較すると、フランスが115年、スウェーデンが85年、アメリカが72年、イギリスが46年となっており、日本は急速に高齢者が増えたことが分かる。

日本の高齢者数は現在も増え続けており、2025年には30%を超えると言われている。日本は世界で1番高齢化が進んでいる国ということになる。

ユニバーサルファッションが必要とされる理由の1つに、日本の高齢社会が関係しているのだ。


65歳を超えてからの暮らしを考えたことはあるだろうか。
どこで暮らし、誰と一緒に日々を送っているか。

そのときに、どのような服に身を包んでいるのか。
若いころと変わらず、好きな色やデザインを自由に選択し、自分の好きな服で町へ出かけたくはないだろうか。


「ファッション1つで自分の気持ちを変えることができるし、楽しむことができると生活をより一層豊かにすることにつながる。『衣生活』は人間らしい生き方を実現できる役目を果たすのではないかと思う。」

見寺教授は、衣食住の「衣」が生活にのなかで大きな役割を果たすと考えている。


1年に1度のファッションショーが健康のバロメーターに

“自分の生活をより豊かにする”とはどういうことだろうか。

そのヒントが2016年に公開されたドキュメンタリー映画「神様たちの街」にある。
阪神淡路大震災から10年を契機に始まった「兵庫モダンシニアファッションショー」の準備から本番までを追った映画だ。ファッションショーが11回目を迎えたときに撮影された。

見寺教授は、このファッションショーに第1回目から携わっている。実行委員会は兵庫区役所、自治会、老人会、婦人会、こども会で構成されており、見寺教授も参画している。

兵庫モダンシニアファッションショーは、年齢や身体の障害に関わらず、自由に楽しむ生き方を、ファッションを通じて表現するショーだ。

ファッションショーの出演者は約60人。
一般公募で集まった60歳以上の方や、障害のある方がモデルを務める。

衣装は各自で用意し、ランウェイでのパフォーマンスや衣装の見せ方に工夫を凝らし、自分自身を表現する。

髪をピンク、紫、緑とカラフルに染めて独自のオシャレを楽しむマダム。
ラジオ体操をしながら登場した男性は、地域で毎朝ラジオ体操を運営しているそうだ。
また、周囲を楽しませることが得意な男性は、鼻髭が動くおもちゃのメガネを装着して登場し、会場を盛り上げた。
他にも、音楽に合わせて踊りながら登場する女性など、それぞれが人生を楽しみ、個性を存分に表現する姿がそこにはあった。

障害のある方へは、神戸芸術工科大学の学生が中心になって製作した和服をリメイクした衣装を用意した。
着脱しやすいように、ボタンをマジックテープに変えるなど工夫を施している。どの服もオシャレで、車椅子を押されながらランウェイに登場した人は皆、とても楽しそうで表情が輝いていた。


「年齢を重ねても、身体機能に変化があったとしても、自分の考え方を共有してもらえる人や場所があれば、人は楽しく生きていける。このファッションショーを通して確信した。」と、見寺教授は話す。

また、1年に1度行われるファッションショーを健康のバロメーターにしている参加者が多いという。

「今年で見寺先生の顔を見るのは終わり。お元気で!」
と、参加者から帰り間際に声をかけられるが、翌年も元気に参加している姿がそこにはあるそうだ。

なかには、交通事故に遭い骨折をしてしまったが、ファッションショーに出演するため懸命にリハビリをし、見事に回復をした女性もいたという。
そのまま寝たきりになる可能性もあったが、ファッションショーという目標があったから頑張れたというのだ。
その女性にとって、ファッションショーは生き甲斐になっていた。


「ユニバーサルファッションは、物で測ってしまわれがち。サイズや付属品、素材など、物の機能性だけに注目してしまうと、断片的で問題の解決にはつながらない。
本当に大切なのは、その物が必要とされている背景を理解し、考えを継承して社会の仕組みを作っていくこと。
ファッションデザインを通して、1つの心地よい生活をつくっていくことが、ユニバーサルファッションじゃないかと思う。」
と、見寺教授は話す。

ファッションを通して自分をコントロールする。
つまり、ファッションには自らの生活を楽しく、豊かにする役割があるのだ。


広まりつつあるユニバーサルファッション

ユニバーサルファッションの概念は、私たちの生活の身近なところにも浸透しつつある。

大阪の若者文化発祥の地、アメリカ村の一角で、ユニバーサルファッションの取り組みを始めたお店がある。

ジーンズリフォーム専門店の「正ちゃん堂」だ。
正ちゃん堂で代表を務める川瀬照美氏は、「障害や老化で着られなくなった服も、リフォームすることでもう一度着られるようになり、外出する意欲が沸いた。」という記事を読んだことをきっかけに、2018年からユニバーサルファッションのお直しを始めるようになった。

「これまで32年間培ってきた知識と経験を活かしたいと強く感じました。デザインもパターンをひくことも自分にはできる。
そして、それを形にする機材がお店に揃っている。やらない理由が見つからなかった。」
と、始めたきっかけを話してくれた。

お店には、お直しした服のサンプルが数点ディスプレイされている。
ウエストのボタンをベルト式の留め具に変えたジーンズ。片手でも簡単に着脱できる仕様になっている。

また、片方の肩にだけパッドが取り付けられたシャツは、肩の高さが違うことでおきてしまう着崩れを防ぐ工夫が施されている。


このようなお直しは認知度が低いこともあり、依頼数はまだまだ少ないという。だが、ニーズは確かにあると感じていると、川瀬氏は話してくれた。

「1人、1人、依頼内容が異なるので、それを汲み取るのに時間がかかってしまう。デザインや作業工程を工夫し、効率の良い仕組みを作ることが当面の課題です。
お直しをすることで選択肢が増え、自分らしく生きられる人が増えたら嬉しいし、そのお手伝いを続けていきたい。」

川瀬氏のような地道な取り組みが、アメリカ村に遊びに来る若者に広まるのも、そう遠い未来ではないかもしれない。


日本をアジアのハブに、世界へ発信

ユニバーサルファッションの概念は、アジアへも広がりをみせている。

中国では、2025年に高齢社会へ入る。高齢社会は中国でも社会問題になっており、ユニバーサルファッションへの関心は高い。


見寺教授は、活動の場を日本だけでなくアジアへと広げ、世界を視野に普及活動を行っている。
2016年、上海視芸術学院に招かれ、ユニバーサルファッションの講義を行い、その翌年には、同学院でシンポジウムと日中共同のファッションショーを企画した。
ファッションショーには現地のマスコミが取材に殺到し、注目度の高さを感じられた。

2018年には、日中友好40周年記念イベントで、北京服装学院と合同でファッションショーを開催した。「温故知創」をテーマに、伝統美と機能性の融合を目指したものだ。
現在のファッションは欧米主流のスタイルだが、今一度、アジアのファッション文化や伝統文化を見つめなおそうという動きが出てきているそうだ。

見寺教授は、着物をリメイクした衣装を70点持ち込み、日本の伝統服を現代ファッションへと蘇らせた。
他には、夜間の安全を確保するため、反射板を取り付けた衣装などを発表した。
また、中国では初となる、ファッションショーに車椅子を起用し、観客から大きな反響を得たそうだ。

これから、世の中はどのように変化していくかを見寺教授に伺った。

「ひとつの価値観で物事を決めてしまっては、それに当てはまらない人を否定することになってしまう。皆が認め合い、選択肢の多い世の中であることが、何よりも大切だと感じている。
これから時代は一気に変わる。より、多くの人が生活しやすくなると思う。
日本が世界で一番、ユニバーサルデザインを推進している国になると期待しているし、それだけの力はあると思っている。」

ファッションを通じて私たちの生活をより豊かに。
1つでも選択肢の多い社会の実現へ向け、見寺教授の活動はまだまだ続く。


***

「死ぬまでやる続ける!」
年に1度のファッションショーに向けて、出演者たちの準備に余念はない。
20回、30回と今後も形を変えながら続いていくのだろう。

シニアから発信するユニバーサルファッションは、これからの日本を明るく元気にしてくれるに違いない。

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