決断できない時間
観光客で賑わう京都の祇園に、漢字を体験して学べる「漢字ミュージアム」があります。
館内では、5万字の漢字を目にすることができるのですが、そこで私は見たこともない漢字を目にすることができました。
「言」と「省」を組み合わせて「タラレバ」と読む漢字です。
これは、オリジナルの漢字を作る、館内の企画で、12歳の男の子が考えた新しい漢字でした。
「言省」
失敗や後悔を省みることを言うからでタラレバと読む。
その説明書きを見て、思わず
「なるほど!」
と、頷いてしまいました。
私は就職した頃、このタラレバをよく言っていました。
当時は、リーマンショック直後で株価が大暴落。倒産する企業も多く、就職の内定取消が出る時代でした。
世間が投資に対してネガティブになっている時に、私が就職したのは証券会社でした。
リテール部門の営業職に配属され、新規顧客獲得のため、200件の電話と50件の飛び込み訪問をこなす日が続きました。
相手にしてくれる人は少なく、毎月のように辞めていく同僚を見送る中、
「誰も傷つかないで世界が止まればいいのに。」
と、本気で考えるほどに心が病んでいきました。
このままでは自分が壊れてしまうと思い、苦労して入った会社を2年で辞めました。
「もしも証券会社を選んでいなかったら、営業職じゃなかったら、会社を辞めなくてもすんだのかな。」
そんなことを考える時間がとても嫌いでした。
満足いかない現状に向き合う勇気と気概もなく、実現できなかったことを架空の未来に託し、疑似体験をすることで誤魔化す時間です。
証券会社じゃなくてメーカーだったら。
営業ではなく管理部門だったら。
そうだったら、楽しく働けたのかな。
といったタラレバを繰り返していたのです。
ただ、この妄想をしている時だけは、張り詰めた心が少し緩む瞬間でもありました。
変わることから逃げ、うじうじとしていた私は、転職する決断を下すのに2年の時間を要しました。
嫌いだったのは、タラレバを述べていた時間ではなく、決断できない優柔不断な自分の状態だったと、後から気づくことができました。
タラレバは一見、ネガティブな発言になるので敬遠されがちですが、私のように一歩踏み出すための準備期間と捉えることができれば、もっと自由になれる人が増えるのではないかなと、私は思います。
そして、そんな意味合いの言葉を漢字で表すことができれば、
違った世界が開けるかもしれないなと、
漢字ミュージアムの展示前で考えていました。