【短編】アンナ・カレーニナに憧れて

「この恋は報われない…」

頭ではわかっているのに、感情が、心が追いつかない。
今、この瞬間も。

週末には会えないと分かっているのに、しつこくメッセージをして、既読スルーを繰り返されている。

いっそ、愛想をつかされて、嫌われてしまえばいい。
そうすれば、もう、こんな不毛な日々から抜け出せるのだから。

小さなテレビの画面に『アンナ・カレーニナ』のエンドロールが流れている。
閉めきった部屋のカーテンの隙間から、昼下がりの強い光が差し込み、エキセントリックな気分を誘う。
白ワインをグラスに注ぎ足し、乾いた喉に流し込む。

もう何十回も見ている。
どのシーンで、誰が何を着て、どんな仕草で、どんなセリフを口にするか、仔細に渡って記憶している。

アンナに自分をオーバーラップさせる。

彼には奥さんがいて、口では「もう愛がない関係だ」なんて言ってるけど、本当のところは分からない。

嘘だ。
彼は奥さんを心底愛している。
私との関係はほんの気の迷いにすぎないなんてことはずっと前から分かっていて、私はずっと気づかないふりをしている。

騙されているふりをしていたほうが、自分にとって都合がいいのだ。
本当のことを知ったら、現実を知ってしまったら、私は自分を保てる自信がない。

それほどまでに、不倫の味は甘く、普通の恋愛にはない蜜を秘めているのだ。

満たされない心。
答えのない愛。
まるで磁石のs極がs極を求めれば求めるほど、遠のき、決して互いに惹き合うことはないように。

私を嫌いになってほしい。
そして、もう連絡も取れないように、二度と会うこともできないように、傷つけてほしい。

矛盾した感情に襲われて、まどろみの中に堕ちていく。


ケータイが鳴る。
左手で掴んで、メッセージを確認する。

明日…か…

*これはあくまでフィクションで、現実の話ではありません。


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蘭
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