【短編】犬のぬいぐるみ
今朝、ゴミ捨て場に、大きな犬のぬいぐるみが捨てられていた。
雨に濡れて、ぐっしょりと重く頭を垂れ、はね返った泥で薄汚く汚れ、自転車で踏まれたような跡もついている。
ーーー
あの子の誕生日に、あの子のうちにやってきて、あの子に名前をつけてもらった。
その日は、うれしくてうれしくて眠れなかった。
あの子はとても大切にしてくれて、毎日、一緒に朝を迎えて、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒にベッドにもぐりこんだ。
あの子が笑うときには、手を握って一緒にダンスを踊った。
あの子が涙をこぼすときには、ぎゅうっと抱きしめて、涙を拭いた。
ずっとずっとこんな幸せな毎日が続くと信じていた。
あの子のことが大好きだった。
いつしか、声をかけられなくなって、置いていかれることが多くなった。
一緒にご飯も食べないし、一緒に遊びにもいかないし、一緒に寝ることもなくなった。
さみしくてさみしくて、何度もあの子の名前を呼んだけど、あの子には聞こえないみたいだった。
悲しくて悲しくて、涙がポロポロこぼれたけど、あの子には涙が見えないみたいだった。
そして、昨日の晩、いよいよゴミ捨て場に放り出された。
冷たい雨が降っていて、体をゆっくり濡らしていった。
振り返らずにうちへ戻っていくあの子の背中に向かって、何度も何度もあの子の名前を叫んだ。
声が枯れるまで呼んだけど、やっぱりあの子には聞こえないみたいだった。
寒くて寒くて、暖かいあの子のベッドに戻りたかったけど、自分で戻ることはできなかった。
車が通るたびに、泥が体にはねかかった。
水しぶきを上げて走る自転車に、左の足を踏まれたとき、もうおしまいだと気がついた。
あの子のことが大好きだったけれど…
ーーー
重く暗い夜が終わって、空がしらんでくると、もう雨は止んでいた。
セーラー服の女の子が、ゴミ捨て場のぬいぐるみの前を自転車で通り過ぎていった。
ゴミ収集車がやってきて、犬のぬいぐるみの耳をつかんで、ローラーの中に放り込んだ。
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