【短編】元カレ

10年以上も前に付き合っていた元カレと、いまだに連絡を取り合っている、なんて言ったら、きっとよほど今が幸せじゃないのだろうなどとと言われるのだろう。

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仕事帰り。
オフィス街の居酒屋で、向かい合ってビールを飲んでいる。

向かいに座っているのは、元カレだ。
もう10年以上も前に2年ほど付き合っていた。
バイト先のアパレルショップの先輩。
3つ年上の彼は、おしゃれで誰にでも優しかった。

忘年会か何かの帰りに、彼が駅まで送ってくれたとき、ふとしたことで抱き合って、それがきっかけだったと思う。
彼とは何もかも相性がよかった。
価値観が合うといったほうがいいのかもしれない。
とにかく一緒にいて、居心地がよかった。
それは彼も同じようだった。

それからしばらくして、一緒に住み始めた。
些細なことでケンカすることもあったけれど、彼との生活は楽しいことしかなかった。
ずっとこんな日が続いたらと思ったこともあったけれど、私が就職のために地元に戻ると関係は次第に薄れて行った。

始まるのも、終わるのも簡単だった。

それから、風の噂で彼が結婚したことを知った。
しばらくして私も結婚して、平凡で幸せな毎日を送っていた。

5年ほど前に、彼のほうからSNSを通じてメッセージが来た。
たまたま彼が仕事でこちらへ来るというので、会うことになった。
再会の日はなんとも言えない気恥ずかしさと懐かしさで、胸がいっぱいだった。
話始めると、付き合っていた頃と何も変わっていないかのようだった。

嫌いになって別れたわけではない。

別れ際、彼は昔のように駅のホームで私を引き寄せて抱きしめた。

どうかしてるな。

それから年に数回、東京か私の地元で会うようになった。
だからといって、どうこうしようというつもりはない。
年に数回、2、3時間、食事をして、取りとめのない話をする、それだけの関係。
近くに住んでいるわけではないから、そう簡単に会うこともできない。
お互いに家庭もあるし、それを壊すつもりもない。

ただ、そう、ただ、よくも悪くもお互いのことがよく分かっているのだ。
ほしいときにほしい言葉を言ってくれる。
それだけで、十分満足できた。
たとえそれが嘘であったとしても。
都合がいいものであったとしても。

夫とも彼氏とも男友だちとも違う、不思議な関係。


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蘭
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