友だちがいないこと
友だちができなくて、悩んでいるという話。
友だちがいなくてもいいんじゃない?
そもそもどうして友だちが必要なのか。
本来人間は社会的な動物で群れるものといわれています。
『サピエンス』を読むと、家族が基本だったのが、さまざまな目的のために集団になり、国家になり、その統治のために宗教やお金、が生み出されたことが書かれています。
つまり、家族以外の人間とは利害関係で結びついていただけで、友だちなんていなかったのでは?と思います。
その家族もいわゆる血縁関係ではなく、誰の子どもかわからないけど、育てていて、生き残るために、足手まといとなる人間を置いて行ったり、殺してしまったりして、案外残酷な関係性だったようです。
それにより、種は淘汰され、今の私たちが生き残ってるわけです。
どんなに人類が進化し、文明が発達しても、動物である以上、生き残ると言う本能からは逃れられないのかもしれません。
アメリカなどは、その最たるもので、誰もが勝者になれるという実力主義というのは、生き残りをかけた過当競争で、ある意味、退化した発想なのかもしれません。
あ、かといって、みんなが同じ、競争のない社会がいいとは思いませんが。
話を戻します。
生存競争という観点から見ると、友情なんて荒唐無稽な理想論のようなものと言えます。
それでも友情を求めるのは、自己満足だったり、社会の都合のよさとは言えないでしょうか。
情けは人の為ならず
利他の精神が大切で、成功者の多くは利他で動いているというコラムもありましたが、ここに繋がってるのでは。
1人の人間が、この世に産み落とされ、生き残っていくためには、身体的安全と精神的安全を確保する必要があり、その手段が友情と考えることもできます。
そう考えたら、友達がいないことは、決して悪いことではなく、友情の代わりに精神的安全を確保することができれば、それでいいということになります。
精神的安全を何に求めるかの選択肢が増えていけば、友だちがいない…と悩む必要なんてなくなるかもしれません。
友だちやパートナーと過ごしたり、経験を共有することを楽しんだり、お互いに学んだりしたいと思うなら、友だちを作ったらいいと思います。
友だちでなくとも、それができるのであれば、無理に友だちを作らなくてもいいのかもしれません。
あくまで個人の見解です。
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