【短編】男子高校生の落とし物

午後7時少し前。

終着駅に定刻にやってきた特急電車は、この駅で折り返して、始発電車になる。

電車がホームに着くと、学校帰りの学生や、近くの街で働く会社員がどっと降りてくる。

電車の到着から、折り返し出発までは5分もない。

入れ替わりに、ホームに長い列を作っていた学生や会社員が、我先にと座席を奪い合う戦場と化す。

特急電車はボックスシートで、この駅で乗客たちは自分で座席の向きを変える。

男子高校生が3人、通路を塞いでなかなか降りてこない。
それをよけるようにして、並んでいた乗客が電車に乗り込み、席に陣取り、ケータイを見たり、カバンから本を取り出したりしていた。

どうやら、1人の生徒が、何かを探しているようだった。
「降りようぜ」
「ちょっとマジで待って。高かったんだから」
そう言うと、2人は先に電車を降りて行った。
1人取り残された男子高校生は、座席の辺りをうろうろして、何かを探しているようだった。

「まもなく発車します」

無情にも発車を告げるベルがホームに鳴り響く。数人の乗客が気がついて、ちらちらと足元を見回したが、特に何かを見つけることはできなかった。

電車のドアが閉まって、ゆっくりと動き始めると、彼は諦めたように、空いている座席に大きな黒いリュックを下ろして、また電車の床を探し始めた。

「何を探してるんですか?」
乗客の1人が尋ねた。

「イヤホンです。黒い」

あー、最近、よく落とす人が増えていると、ネットニュースか何かで見たことがある。
きっと、高校生の彼にしてみれば、高い買い物だったのだろうな…

乗り合わせた乗客たちは、自分の座っている座席の周りを探してくれたが、イヤホンは出てこなかった。

それから、どの辺に座っていたのか、本当に落としたのか、どんな形なのか、音を大きくしたら聞こえるのではないか、と、乗客たちは、遠慮がちに代わる代わる彼に話しかけながら、座席の下や横の隙間を探し始めた。

そのうち、後ろの席に座っていた別の男子高校生が、立って座席の周りを探し始めた。

「Bluetoothなら『iPhoneを探す』で見つけられると思う」
「『iPhoneを探す』は入れてないんだ…」

助けに入った高校生は、自分のケータイのライトをつけて、座席の下を探し始めた。

すると、斜め前の席の前にある隙間を指差して、「あそこは?」と言う。

指差された場所は、落とし主の高校生が座っていたと言う座席のすぐ前だった。
そこに座っていたスーツ姿の男性が、頭をかがめて覗き込んだけれど、探していたイヤホンではなかった。

「まもなく、○○です。お出口は左側です」

落とし主の高校生もさすがに諦めかけているようだった。

先ほどのスーツ姿の男性が、ケータイのライトをつけて、もう一度座席の下を覗き込んだ。
頭を上げて、差し出された手には、黒い小さなイヤホンが載っていた。

「あ、それです!」

落とし主の高校生は、少し気恥ずかしそうに、「ありがとうございます」と乗客たちに何度も何度も頭を下げて、ちょうど到着した駅で降りていった。


これはノンフィクションです。


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