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世界一のコーヒー店!


 私は現在、大阪府に住んでいる。大阪の八尾市というところが私の出身地である。八尾市の有名人として、芸人のジミー大西、巨人の桑田真澄、映画監督の三池崇史、政治家の松井一郎、歌手の天童よしみといった面々がいる。旧ジャニーズ事務所のメンバーにもいるらしいが、私は芸能界には疎いのでよくわからない。

 八尾市というところは一定以上の年齢層から治安の悪い地域だと思われているフシがある。確かに私が中学生くらいの時まで『ひったくり』が全国ワーストワンであったし、大声で早口で巻き舌で捲し立てるような話し方をするおじさんは珍しくない。

 実際のところ、私が危ない目に遭ったことは一度もない。大阪市内ほどごちゃごちゃしておらず、南大阪ほど不便でもない、ほどほどの街である。
 駅前に西武百貨店(東京の百貨店がなぜ八尾にあったのかは謎だ)があったし、中学生の頃にアリオ系列のショッピングモールも完成した。スーパーもドラッグストアもコンビニも徒歩10分圏内にある。大阪市内へも電車で10分程度で行くことができる。住むには便利なところである。

 八尾市がなぜ治安の悪い地域だと思われているのか。諸説あるが、ひとつは勝新太郎主演の『悪名』という映画の影響ではなかろうか。悪名は『八尾の朝吉』という博徒が弟分とともに喧嘩と恋に明け暮れる映画である。八尾市は『中河内』という地域に属しており、『河内弁』というガラの悪い言葉を使用する。この河内弁が悪名によって日本中に広まり、八尾が治安の悪い地域として全国に知れ渡った可能性がある。 

 もうひとつは『嗚呼!!花の応援団』という漫画の存在だ。私の父親世代が10代20代だった頃に流行った漫画だ。極めて下劣かつ暴力的で閲覧には注意を要する。たまたま古本屋で見つけて、大学の友人に読ませたら大変気分を害したようだった。1970年代の漫画であるから、とうの昔に絶版になっているのかと思いきや、Amazonで電子書籍化されていた。気になる人は読んでみてもいいかもしれない。

 この花の応援団の舞台は八尾市のある中河内ではなく南河内であるから一見八尾市は関係ないように思える。しかし、中河内と南河内は大和川を境界としているだけで言葉遣いや気風に大差はない。厳密にいえば南河内言葉には泉州弁や和歌山弁が混じるので少し田舎っぽい(失敬!)ようだ。富田林に住む母方の祖父が何を言っているかわからなかったこともある。

 どちらにしろ他府県の人からすれば大声で早口で巻き舌でがなるような喋り方(当人達に悪意はない)はかなり恐ろしいらしい。幼なじみの女の子(ゆったりとした話し方をする)が他府県の大学で友人に泣かれた(怖くて)というからメディアを通じて広まった偏見だけではなく、実際の印象もあまりよくないのだろう。

閑話休題ーーー。

 前置きが長くなってしまった。

 そんな八尾市には隠れた名店がある。コーヒーの専門店で『ザ・ミュンヒ』という。以前は知る人ぞ知る店であったが、インフルエンサーによって知名度が上がった現在においてはアラブの王族(UAEの皇太子)がお忍びで現れるようになったようだ。私の父が行った時(30年ほど昔)は『日本一のコーヒー店』といわれていたようだが、現在は『世界一のコーヒー店』といえる。

 ザ・ミュンヒは茶道ならぬ珈琲道を追求する『田中 完枝(以下マスター)』氏が1981年から経営している『コーヒーだけの店』だ。店で出しているコーヒーの値段は1,300円から110,000円(!!)と幅広い。普通の喫茶店と比べ少々値段が張る。さらに量も少ない。カップ1杯で40cc足らずだ。

 1,300円も払って出てくるのが40ccなんて!と思うかもしれない。それは抽出方法が特殊(良い意味でクレイジー)だからだ。普通のコーヒーをドリップで淹れる場合、10グラムの挽いた豆に150cc前後のお湯を注ぐだろう?ザ・ミュンヒでは100グラムの豆を使用しているのだ。それもマスター自ら客の前で30分くらいかけて抽出してくれる。

 出来上がったコーヒーはぬるめである。30分もかけてチビリチビリと抽出するのだから当然といえば当然だが、特に再加熱することもなくそのまま提供される。味は不思議と甘い。砂糖やミルクは入っておらずストレートなのだが、ブラック独特の焦げたような苦味は鳴りを潜め、カカオのような苦味とほのかな甘みが同居する独特の味わいがある。

超ストロング(ぬるいめ)

 抽出時間は30分と書いたが、それは私が注文したコーヒーの場合であり、メニューによると50分かかるものもあるから恐れ入る。抽出済みのコーヒーであれば、4時間(!)抽出というのもあるから感服ものである。

 この店で一番高いコーヒーは一杯110,000円の熟成樽仕込み氷温コーヒーである。ティースプーン一杯でも2,500円する。事前予約が必要らしく私はまだ飲んだことがない。 

 このコーヒーはこのザ・ミュンヒでも輪をかけて手間がかかっている。まず、オールドクルップなるコーヒー豆を準備する。オールドクルップとは収穫してから数年間寝かせたコーヒーの生豆であるが、この店では15年〜30年物の生豆を使っているらしい。その豆を焙煎した後、ネルドリップで4時間かけて抽出する。さらに木樽(マスターに聞いたところウイスキー用ミニ樽のようだ)に抽出したコーヒーを入れ、マイナス3度の環境で10年以上熟成するという徹底ぶりだ。

 現在では26年熟成となっていることからたいへん希少価値の高い逸品であることは確かである。前述のアラブの王族はこれを何倍もガブ飲みしたというから恐れ入る。

 マスターは正直言って癖の強い人だ。話し方は穏やかだし、思いやりのある優しい人ではあるがこだわりは強い。その道を極め、今尚珈琲道を突き進む人であるからそういう人であると思って接する分には問題ない。ただ、自分の方が正しいと主張する人やお客様扱いをしてほしい人ははっきり言って向いていない。

 金を払ってコーヒーを飲む店ではなく、田中氏(マスター)のアトリエで彼の芸術作品の個展を鑑賞するという感覚が近いと私は思う。それを楽しむことができる人であれば大いにオススメできる。まあ、少なくともコーヒーをドリップで淹れるようなコーヒー好きであるならば一度は体験するのもいいかもしれない。

 ところで、コーヒーだけの店と書いたが実は裏メニュー(裏というほど裏でもないのだが)が存在する。それはマスターお手製の『クリームチーズケーキ』である。これはコーヒーを注文した時のみ注文できるメニューである。クリームチーズケーキ単品で注文することはできない。
 甘さは控えめながら味は濃厚の一言に尽きる。これが濃いコーヒーとの相性が抜群に良いのだ。コーヒーのお供に注文することを勧める。

食べさしで大変恐縮である

 ここまで読んでくれてありがとう。


*グーグルマップに同じ写真と似たような口コミを発見した人がいるかもしれない。その口コミは私だ。決してパクったわけではないぞ。



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