工場戦士:Episode3「ものづくり改善部門への配属」
配属先での出来事
敏夫は、茨城県に位置する神栖製鉄所、生産企画部門の「ものづくり改善部門」に配属されることが決まった。研修を終えたばかりの彼にとって、この配属は未知の世界への一歩だった。緊張と期待が入り混じる中、彼は新たな職場へと足を踏み入れた。
「佐藤敏夫です。本日からものづくり改善部門に配属されました。よろしくお願いします。」
挨拶の場には、上司の羽柴、指導員の桑田、そして同僚となる鈴木や堀江、久間、さらにはシニア社員の小野田が揃っていた。敏夫は一人一人の顔を見渡しながら、緊張した声で挨拶をした。
「よろしくお願いします。」と口々に返事が返ってくるが、その声にはどこか冷たさが感じられた。
「趣味は何かあるのか?」羽柴が質問した。
「はい、趣味は海外旅行です。卒業旅行はカンボジアとタイに行きました。」敏夫は笑顔で答えた。しかし、その瞬間、部屋の空気が一変した。室内が一瞬にして静まり返り、皆の表情が固まった。
その場の空気を感じ取った桑田が場を和ませるように笑い、「まあ、旅行はいいよな」と言ったが、笑いは広がらなかった。
敏夫は不思議だった。「何か間違えたかな?」これまでの人生で今みたいな経験はしたことがない。少し不思議に思いつつも、用意されたデスクに座り、貸与されたパソコンのセッティングを始めることにした。
トイレに行こうと廊下に出た際に、桑田が敏夫に話しかけてきた。「敏夫、ちょっと注意しとけ。この部署は、上司の羽柴さんと俺とお前以外、みんな現地採用のノンキャリ社員なんだ。貰ってる給料の額が違う。海外旅行なんて言うと、反感を買うかもしれない。」
「そうなんですか…。気をつけます。」敏夫は反省しながら答えた。
その日の終わりに、桑田が敏夫に声をかけた。「週末に労働組合のボーリング大会があるんだ。お前も参加しろ。こういうイベントに顔を出すことも、仕事のうちだぞ。」
「わかりました。参加します。」敏夫は即座に答えた。内心では週末の自由な時間を奪われることに少し不満を抱きつつも、新しい職場での人間関係を築くためには仕方がないと感じていた。
ボーリング大会の様子
週末、労働組合のボーリング大会に参加するため、敏夫はボーリング場に足を運んだ。ものづくり改善部門のメンバーも勢揃いしており、和やかな雰囲気が漂っていた。しかし、敏夫は内心不安だった。運動が得意ではなく、特にボーリングには苦手意識があったからだ。
「佐藤、今日は楽しもうぜ!」桑田が声をかけてきた。
「はい、頑張ります。」敏夫は笑顔を作ったが、その笑顔の裏には緊張が隠れていた。
ゲームが始まり、敏夫の順番が回ってきた。ボールを手に取り、レーンに向かって構えたものの、緊張で手が震えていた。第一投、ボールは見事にガーターとなった。
「ドンマイ、佐藤君!」派遣社員の鈴木が励ましてくれたが、敏夫の顔には焦りの色が浮かんでいた。
続く第二投も同じ結果。ボールは再びガーターを転がり、敏夫は肩を落とした。
結局、敏夫はガーターを連続して出し続け、スコアは低迷したままだった。何度挑戦しても、ボールは思うようにピンに当たらなかった。
その場には、生産企画部の部長である末宗がいた。末宗は旧Y出身で、薄板部門から本社の技術企画を経て、出世コースを歩んできた人物だった。合併後、旧Mに送り込まれた経緯があり、その存在感は圧倒的だった。
「末宗部長、調子はどうですか?」羽柴が声をかけた。
「まあまあだよ。ボーリングは気晴らしにはいいな。」末宗は落ち着いた笑顔で答えた。その姿からは、余裕と自信が滲み出ていた。
ゲームが進む中、敏夫は再びボールを手に取り、次の一投を試みた。しかし、結果はまたしてもガーター。そんな敏夫の姿を見て、桑田が近づいてきた。
「敏夫、焦らなくていいんだ。これはあくまで交流の場だ。結果は気にせず、楽しむことを優先しろ。」桑田は優しく言った。そしてこうも言った。「若手のうちは、仕事で成果を上げる必要はない。この手の交流イベントに精を出せば良いんだ。仕事の成果は二の次だ。」
「はい、ありがとうございます。」敏夫は少しほっとしたものの、桑田のアドバイスには少し釈然としない思いを感じていた。
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