#006 人生は人と競うものではありません
幼稚園の記憶
幼い頃、3年保育の幼稚園に通っていた。母の母校である女子大の児童心理学部が運営する幼稚園。私はここに通った3年間を鮮明に覚えており、卒園以降ずっと、「幼稚園に戻りたい・・」と思っていた。もしかしたら今でも。
かなり変わった幼稚園
この幼稚園、だいぶ変わっていた。「教育すべきは子供ではなく親である」が基本理念で、母達は日々レポート提出が大変だったそうだ。
逆に子供達には何一つ強いることがない。「人生は人と競うものではありません。比べるものでもありません。」という一点だけを魂に刻む時間だった。
例えば運動会のかけっこで、スタートの合図がある。全力でゴールに向かう子、ゆっくり走る子、スタート地点で見つけた虫に夢中になる子、ゴールしてもしなくても全員が等しく褒められた。例えばお庭で遊ぶ時間に室内で一人で絵を描いていても、褒めてもらえた。
こうして私は完璧に自由で、何ひとつストレスのない3年間を過ごした。自己否定的なニュアンスを感じたことはなかったのではなかろうか?自己肯定力の基礎力がここで磨かれた気がする。
現実社会の洗礼
1.子供社会での微妙な立ち位置
だが、地元公立小学校に入学し、事態は一変する。超いじめられたのだ。同質性指向が皆無なので、無理もない。当時、私はものすごく傷ついたし悲しかった。けれど同時に「おかしいのはこの子たちだよね?」と考える位に幼稚園の教育に染まっていた。「なぜこの子たちは私に構うのか?何が不安なのか?不満なのか?」めちゃめちゃ考えながら過ごしていた。
その後引っ越しをしたが、新しい小学校でも、私はやはり浮きがちだった。割と誰からも好かれるのだが、誰かとすごく仲良しという風にはならない。やたらとお誕生会に呼ばれるのだが、「喧嘩止め係」という謎ミッションをいつもアサインされていた。ちょっとしたことで小さくもめて分裂しがちな流れを整える係。他者との微妙な距離感がその係を引き寄せていたのだろう。
嫌われてはいないけど、皆と同じように仲良しになりきれていない感覚は、それなりに思春期の私を悩ませていた。悩んでいたが解決はできなかった。
さらにその後、受験やら就職やら、「いやいや競争しかないんですけど?!」という時期を過ごしたりもする。だが同質性マインド欠如は変わるものでもなく、それは就職して過去最大に波紋を呼ぶことになった。
2.大人社会での修行
なんとか企業の技術部に就職した。社会人の責任を果たすには、自分の頭で考え、意見を提示することは基本である。そう考えた私が、同質万歳組織に違和感をもたらすのは自然な流れだった。理由は3つ。
①そもそも女性が異質
②意見の表明をする人も異質
③忖度不足も異質
森首相が言うところの「女性がいると会議が長い~」に類する話だろう。だが、嫌われないために働いている訳ではない。責任を果たしているのだ。様々な意見を並べ、フェアに議論すればいいだけの話ではないか?
でもそれは理想論で、なかなかそうはならない。出る杭は打たれるし、煙たがられるのだ。25年間企業組織で働いてきて、心が折れそうになることは山ほどあった。あきらめて黙りたくなることも。似た気持ちを持っている人は、男女世代問わず多いと思う。けど多数派ではない。
幸い私はこれまで、自分でも驚くほどに基本スタンスを変えずに生きている。軸をぶらさないことで、信頼し合える仲間に巡り会える機会も増え、仕事の幅も広がり続けている。
自分軸の装備
様々な洗礼を受けてもなお、自分らしく変わらないでいられる根幹は、幼稚教育だったと思っている。「人生は人と競うものではありません。比べるものでもありません。」魂レベルでそう思っているから、人と違っても、その違いが心に痛い瞬間があっても、笑って立っていられるのだ。
気づけば私は、自分だけの軸を持てていた。まだまだ磨く余地だらけではあるが、他者と同じであることの価値なんてどこにもない時代、最強の装備ではなかろうか?
「人生は人と競うものではありません」
子供にも大人にもとてもよいフレーズだと実感しているので、宣伝してみた。読んで頂き、ありがとうございました。
Yuri Masumi
(補足)ちなみにこの幼稚園は、かなり前に閉園しています。今ならとても流行りそうですよね。