クロネコさんから誘われる
「こんばんは。今日もおつかれさまでした。
無事に仕事が終わって、お風呂に入って、ごはんも終わったところです」
眠剤を飲んで、目元に蒸気でホットアイマスクを乗せてまどろんでいると、LINEの着信音が鳴った。
サムライ業のクロネコさんだ。
今朝、いってらっしゃいと言ってくれなかったと悲嘆していたけれども、まりかのことをキライになったわけでも、忘れたわけでもなかったらしい。
ぼんやりする頭に明かりを灯すように、枕元の無印ライトのスタンドをつけた。
あわてて、でも誤字がないように返信をする。
「こんばんは。おつかれさまです。
一日でいちばんほっとできる時間ですね」
あんなに思い詰めていた気持ちはお首にも出さず、軽やかに。
まりかはどうも、自分で連絡がほしいタイミングで殿方からメッセージが来ないと、不安になるらしい。
もう私とはやりとりしたくないのではないか、ほかのだれかが登場してもうまりかは不要になったのではないか。
数時間や半日かそこいらで、気持ちがガラリと変わってしまう、そんなこと、ないのにね。
それはもしかしたら、私自身が突然、気持ちを翻してしまうことがあるからかもしれない。
「近いうちにお茶かランチできたらと思っていますが、いかがですか」
来た! クロネコさんからのお誘いだ。
睡眠導入剤がいちばん効いているはずの時間帯なのに、しゃきんと覚醒する。
本当は体調にはよくないのだけれども、そんなことを言っている場合ではない。
まりかは、殿方からデートに誘われているのである。
「はい、ぜひ」
「ありがとうございます。
ご都合よろしい日を教えていただけましたら、合わせます」
予定を聞いてくれる気遣いは、とてもうれしい。
たとえ、仕事のアポのような誘われ方でも。
「今度の日曜、18日はいかがでしょうか」
「はい、大丈夫です。
何時ころがよろしいですか」
「遅めのランチで13時ころは?」
さあ、クロネコさん、次はどうするのだろうか。
待ち合わせ場所を聞いてくれる?
食べたいものを聞いてくれる?
「大丈夫です。
では、K駅待ち合わせでどうでしょうか。
ほかのところがよければ、どうぞおっしゃってください」
K駅は、同じ沿線の都内で暮らすクロネコさんと、近隣県に住むまりかの駅の、ほぼ中間、県境にある乗り換え駅だ。
あれ、クロネコさんも、中間点で待ち合わせの人なんだ。
3月にお会いした、あっさり晩な人を思い出した。
ちなみに、その前日、土曜に会うトマトキムチのタクシーさんは、まりかの最寄駅を提案してくれたけれども、あまりにも知り合いが多いので、県庁所在地のターミナル駅でお会いする約束になっている。
この駅の方が帰るのも楽ちんだし、お店もある程度は提案できる。
でも、2日続けて同じまちで違う殿方とお会いするのもどうよ。
直通電車で45分、少し遠いけど、降りたことがない駅だし、ここはひとつクロネコさんのペースに乗っかってみよう。
「ご存知のお店、ありますか?」
サムライ業ゆえか、あまりにも仕事めいていてくすりと笑っちゃう。
「いえ、まったく」
「では、いくつかピックアップしてみますね」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
あっさり晩な人は、お店のあたりをつけてきてくれなくて、行き当たりばったり居酒屋さんに入った。
そして、会計が終わるなり、振り向きもせずにいなくなった。
無精髭のギターさんは、自分はまったくお店がわからないから、どこかお願いしますと丸投げだった。
その点、クロネコさんはこうやって聞いてくれるのね。
待ち合わせの中間点を埋め合わせてくれるぞ。
1月の終わりにマッチングアプリ生活に突入して、まもなく5か月。
振り返れば、お目にかかるのは9人目だろうか。
このひと月は、黄色いクルマのアオイさんと会うの会わないの言っているうちにすぎてしまったから、とても久しぶりなように思う。
いまやりとりを続けている殿方は、タクシーさんとクロネコさんのふたりだけ。
そして、土曜はタクシーさんと、日曜はクロネコさんとお顔合わせだ。
2日続けて別の殿方とお会いするのは、まりか史上初である。
しかも、土曜の夜は中学の友人たちと飲む約束も入っている。
大好きなクラフトビール屋さんにゆくのだけど、顔がむくんじゃうから、お酒は控えなくちゃね。
先週末、美容院に行って、お顔剃りに行って、明日は岩盤浴に行って、準備万端だ。
さあ、決戦の週末。
まりかの運命や、いかに。
*2023年6月15日の活動状況
・もらった足あと:6人
・もらったいいね:2人
・やりとりした人:2人
こういうときに限って、前から気になっていた人から足あとがついたり、あらちょっといいじゃないという人が登場したり。
足あとを返すかどうか、少し考えてみよう。