大好きな女友だちのために着飾ること

「まりかさん、お肌よくお手入れしていらっしゃいますね。
お剃りしていて、気持ちよかったです」
「わあ、アカネさんにそう言ってもらえると、本当にうれしいです」

10年ほど通っているお顔剃りのエステティシャン、アカネさんにほめてもらって、まりかはすっかり気をよくしている。
きめのそろったお肌は、まりかの数少ない武器。
仕事を辞めても、お給料が半分になっても、月に一度のお手入れがよいは欠かさない。
どんなに酔っ払っていても、ちゃんとクレンジングして、化粧水、シアバター、美容液、乳液のお手入れも欠かさない。
精神安定剤のようなルーティンだ。


明日は、ひと回り若いお友だちのハルちゃんの結婚式だ。
ナツコちゃんと一緒に、招待されている。
ハルちゃんとナツコちゃんは、躁うつ病仲間である。
休職中に日記がわりに綴っていたブログで知り合ったなかよしで、病気のことでも何でも話せる貴重な存在だ。
ハルちゃんのふたつ上のナツコちゃんは、元ホステスさん。
大きな垂れ目が本当にかわいらしくて、細やかな気遣いには女同士でも惚れてしまう。
明日のナツコちゃんのドレス姿、ハルちゃんのウエディングドレス姿と同じくらい楽しみだ。

花嫁のハルちゃんは一昨年、仕事中に転び、骨折して2か月入院した。
ダンナさまは何と、そのときに出会った看護師さんだ。
なかなかドラマチックな出会いのふたり。
さくらまりか、50歳をすぎてお友だちの結婚式に参加できる幸せに浸っている。
ひらひらのお洋服を着て、きっちりお化粧して、きっとこれが最後のチャンスだろうな。

夕べ、ベッドに入ろうとしたら、ハルちゃんとナツコちゃん、まりかでつくっているグループLINEの着信が光った。

「さっき母からLINEが来て、老人ホームにいる祖母の体調が悪いから、土曜のお式に参列しないというの。
ごめんね。母親のいない結婚式で」

母と娘は難しい。
ハルちゃんも、母親の束縛と無関心に悩むひとりだ。
娘を私物化して思いどおりに育たないと言ってはなじり、自分が果たせなかった夢を果たしたと言ってはねたむ。
抱きしめてほしいときには無視して、放っておいてほしいときに限って追いかける。
娘は母を愛したいのに、母はときにそれを許してくれない。
無意識なのだろうか、それとも?

でもさ、娘の結婚式だよ?
聞けばおばあさまは命に別状がある様子はなく、施設にお世話をお願いすることは問題ないと思われる。
いくら北海道から出てくるのが大変と言っても、前々日になって娘の結婚式に参列しない、という話があるのだろうか。
案の定、ハルちゃんは大波に呑まれてボロボロ。まりかまで涙が出てきた。

こういうときには、元ホステスのナツコちゃんが、さっと気の利くひとことを送り出す。

「ハルちゃんが謝ることじゃないでしょ。
それより、私たちはハルちゃんのメンタルが心配だよ」
「ありがとう。ご想像のとおり、全然ダメ。
昨日、連絡があった時点で、ダンナの横でぎゃあぎゃあ泣いた」

よしよし、ハルちゃん、ちゃんとダンナさまに感情をぶつけているね。
これまでどんな人とつき合っても、彼氏に涙を見せられないと言っていたのにね。
まりかはちょっとだけ安心した。
親は先に死んでしまうけれども、つれあいは一緒に生きてゆく人だから。
つれあいってうらやましいな、と、ひとりぽっちのまりかは思う。


一夜明けて、ハルちゃんから「人生、初ジェルネイル!」と、キラキラの写真が送られてきた。
うん、大丈夫。ちゃんと持ち直しているぞ。
ダンナさま、繊細なハルちゃんを頼んだわよ。


アン・ハサウェイ似のハルちゃんの門出を思いながら、まりかは明日の荷物を準備している。

3週間前に楽天で見つけたドレスは、おやつを抜いて2kg痩せたからか、するっとファスナーが上がった。
25歳のときに大枚をはたいて買った8センチヒールのパンプスと、母が二十歳のころに買ったビーズのパーティバッグを引っ張り出して、箱ごと旅行バッグに詰めた。
このNARAYAのリボンバッグを、前の夫がタイのお土産に買ってきた日のことを、ぼんやり思い出した。
アクセサリーは、小粒の本真珠ではなく、粒の大きいコットンパールのロングネックレスとピアス。
ストッキングは、予備も合わせて3足。
化粧ポーチに、ひときわ華やかなカバーマークのローズピンクの口紅を入れ、休職中に暇にまかせて編んだピンクのショールも放り込む。
あとは明日の朝、ロクシタンの香水を入れたら、完璧だ。
お式は夕方からだから、朝イチで美容院の予約も入れてある。

ああ、大好きな女友だちのために着飾ることは、アプリで知り合っただけの殿方とのお顔合わせよりも、何万倍も幸せなことだ。
さくらまりか、マッチングアプリの喧騒から離れ、日常生活を取り戻しつつある。

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さくらまりか  
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