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ひとりで背中は洗えないから、人は恋を求める
「まりかさ、きちんと別れ話をして別れるのって、初めてだよね。
いつも、まりかが溜め込むだけ溜め込んで、メールやLINEでぽーんと突き放して終わっちゃって、だったでしょ」
「そうなのよ。いつも一方的に通告して、相手の話も聞かないし、自分の気持ちもきちんと伝えなかったから。
アカリ、よくそれに気づいたわね」
「そりゃね、13歳から40年近く一緒なんだからさ」
4月の祝日の昼下がり、まりかは中学2年生からの友だち、アカリとココスでごはんを食べていた。
8年前に亡くなった、やはりずっとなかよしだったマミちゃんのお墓まいりのあとだった。
本当は、もうひとり、隣町に引っ越したユミコと4人でなかよしだったのだけれども、何年か前にアカリとユミコが仲違いしてからは、毎年、ふたりでお墓の前で手を合わせる習慣になっていた。
「タカシ、泣いたんだよ。
まりかが、もうタカシとは終わったと思っているから、って、言ったら」
「えっ、どうして彼が泣くの?
まりかがさみしくて泣きっぱなしだったこと、きっと気づいていたくせに」
「どうしてだろうね。
私、てっきりタカシの気持ちが冷めちゃっているから、あの日の約束もキャンセルするかと思っていたけど、彼から会おうって言ってきたんだよね」
「彼、やり直したかったのかもよ」
そうなのだろうか。
いや、彼は自分のペースは変えられないし、まりかに歩み寄ることはしないだろう。
そうしたらまた、まりかがタカシに嫌われまいと必死に合わせて、でもまりかの思いどおりにならなくて彼に嫌われたと嘆いて、どんどん溜め込んで、結局は同じところにたどり着いたのではないか。
noteのまりかの投稿に、「まりかさんと彼とで、答え合わせができてよかったですね」と言ってくれた人がいたけど、まさにぴったりの表現だ。
「私はあなたに嫌われたと思っていたけど、どうだったの?」
「いやいや俺は、会いたいから3時間かけてまりかに会いに行ったんだよ」
と、彼は言った。
その気持ちに嘘はないだろう。
彼は彼なりにまりかが好きだったし、まりかも彼のことが好きだった。
でも、一緒に歩くには歩調が合わなかったから、おしまい。
それが、ふたりの答えだ。
「タカシさんさ、結局は自分本位なんだね。
自分が会いたければ会いに来るけど、まりかがLINEの返事がほしいときには返してくれないんでしょ?
まりかが彼に会いに行ったときに応じてくれるとは思えないから、やっぱり別れて正解だったんだよ」
認めたくないひとことだった。
彼はステキな人だと思い込もうとしていたけれども、自分本位で、相手の気持ちを読み取ろうとしない。
優しくするのも、自分がそうしたいときに一方的だ。
そして彼は、それに気づいている。
でも、彼自身にもどうにもできないから、苦しんでいるのだ。彼なりに。
「もうここまできたら、アカリがこないだ言ってたみたく、朝に晩に I love you と言ってくれる人を見つけるしかないよね」
「そうそう」
「だって、私、ひとりも楽しいんだもん。
伯父が亡くなって、父が施設に入って、ネコたちとワンコの暮らしになって、まだ自由に慣れていないけどさ。
仕事帰り、スーパーに寄っても、父の夕飯を急がなくちゃいけなかったころの癖が抜けなくて、ゆっくり買い物ができないのよ。
笑っちゃう」
まりかは、グラスのお冷をくっと飲み干した。
まるで、過去の悪しき習慣を過去のものにするかのように。
タカシから学んだ、タカシはまりかを好きだったけれども自分を変えることができなかったことを、身体の隅々までゆき渡らせるように。
「で、アカリはどうなのよ?」
「うーん、恋愛モードのスイッチが入らないんだよね。
ほら、こないだ、三重の息子のところにひとりでクルマで行っちゃたじゃん。
高速怖いから、下道だったけど。
ひとりで遠出もできちゃったから、男はいらないかも、と思うようになっちゃったのよ」
なるほど、一理ある。
殿方にすべてを求めるだけの恋はうまくゆかないけれども、求め合い、受け入れ合うことができない恋も、成立しない。
おたがいが一人とひとり、自分の足が立つことができて、初めて相手を受け入れることができるのだ。
「私ね、最近思うんだ。
恋って、ひとりで背中が洗えないからするものなんだ、って」
「背中を洗う?」
「タオルをバッテンにすれば一応は洗えるけど、基本的に自分の手は届かないじゃない。
だから、かゆいところに手が届く人がほしいな、って思う。
もちろん、もののたとえだよ」
「なるほどね。
でもいまの私は、自分でボディブラシでゴシゴシすれば十分なのよ」
と、アカリはハンバーグの最後のひと口をフォークでぷすっと刺した。
私はひとりで何でもできる、大丈夫、と、彼女自身に言い聞かせるように。
アカリの金髪のショートは、年明けに会ったときよりもぐっと短くなり、51歳なりの女っぽさがムンムンと漂っていた。
アカリ、ますますキレイになったぞ。
「私は背中のかゆいところがわかる殿方が現れたら、かな。
そして、朝晩の愛しているは必須!」
「そうそう、まりかにはそれが大切だよ」
ひとりで背中が洗えないから、恋を求める。
ひとりでも大丈夫だけど、パートナーがいればもっと心地よいから、恋を探す。
まりかが心のボディブラシを手放せる日は、来るのだろうか。
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