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平凡な毎日に少し特別な朝食を#2000字のドラマ

スーパーへと向かう途中、駅近くの居酒屋は仕事帰りの人々がその夜を楽しんでいた。
日本各所で最高気温を記録した今日、キンキンに冷えたビールがいつも以上に美味しそうだ。

それにしても今日は暑い。
スーパーの冷気が心地よく私の体を冷やしていく。

スマートフォンのメモを見ながら、買い物を済ませる。
トマト、レタス、ズッキーニ、モッツァレラチーズ
卵は家にあるから、これでOK。

レジ近くのお酒コーナーの冷気を浴び『しまった』と嘆く。
喉がごくりと鳴り、私の足はピタリと止まった。


スーパーを出て、次の目的にへ向かう。
ここへ来ることが今日のメインイベント。

ドアを開けると鈴の音が鳴る。

『よかった〜ラスト1本だ』
今回の主役である、フランスパン。
このパン屋の中でも人気商品で『sold out』の札が貼られている事が多い。

独り言が声に出ていたことに気がついたのは、店員さんと目があったからだ。
「今日はどうしてもフランスパンが欲しくて、残っててよかったです」
照れ隠しで早口になる。
「そうなんですね。何かお料理のご予定が?」
「朝食にカスクートを作ろうと思っているんです。」
私がそういうと、店員さんは私が持っている買い物袋をチラッと見る。
「それは素敵ですね。どうぞ、素敵な時間をお過ごしください。」
私は店員さんからフランスパンを受け取り店を後にした。


家に着いて汗で張り付いたシャツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。
お風呂から上がり、さっき買った梅酒缶をとりだし、プシュっと音を立てて缶の蓋を開けると、ごくごくと飲みほした。

「ぷはっ生き返る!」

まだ熱を帯びている体の中を、冷たい梅酒が通っていくのがわかった。


明日の朝食を楽しみに、いつもより早くベッドに入って眠りについた。



目が覚めると同時に時計を探す。
時刻は7時13分。

目覚ましよりも早く起きれたのはいうまでもない。
あれを作るためだ。

いつもは整えない布団を丁寧に畳んでから部屋を出る。
洗面台でささっと顔を洗い、お気に入りのスカートとそれに似合うシャツを身にまとった。

準備が整い満を持してキッチンに立つ。

本日の主役であるフランスパンを中心に役者を並べた。

調理開始。

まずはゆで卵用のお湯を沸かす。
ヒビが入らないようお玉に卵を乗せて、ゆっくりお湯の中に卵を潜らせた。
よし、成功。

ホッとする間も無く、私は急いで箸を手に卵をくるくると躍らせる。
黄身が中心に来るようにするためには欠かせない一手間。

卵が踊り疲れたくらいで、次の作業へ。

パンに挟む食材を程よい大きさにカット。
フランスパンは、食材を挟めるようにさらに半分にする。

タイマーがピピッと鳴り、熱々の卵の行き場がないことに気がつく。

調理手順は脳内練習していたのに、まったく爪が甘い。
「まぁいつもの事か』ともらし、ゆで卵をそっと水風呂につける。


次は焼きの工程。

フライパンに垂らしたオリーブオイルの海にニンニクを泳がせると、キッチン中にニンニクの香りが広がる。

この幸せの香りをズッキーニにたっぷりと吸わせ、表面が茶色く色づいたのを合図に味付け開始。
お気に入りのスパイスを振りかけると大好きな香りが鼻に流れ込み、お腹がうねり始める。
つまみ食いは…我慢我慢。


いよいよ主役の出番だ。

オリーブオイルを再び温め、フランスパンを乗せる。
パンの表面からみるみるうちにオイルが吸われていく。
中までしみわたったのを確認して、パンの表面がカリッとなるまで焼き目をつける。

「もう美味しいの間違いなしや…」

パンを取り出して、レタスを敷き詰めた上にズッキーニとスライスしたゆで卵を。
チーズとトマトは交互に並べて彩よく仕上げる。
最後にパンを乗せ、クッキングシートでしっかりと包み込む。
端っこをキュッととめて、いよいよこの瞬間がやってきた。

パンのちょうど真ん中に狙いを定め、一気に切り込みを入れる。

切った断面を見た瞬間、思わず息を呑む。
最っ高の仕上がりだ!

パンの断面が綺麗に見えるよう盛り付ける。
いつも使っているお皿なのに、今日は輝いて見えた。


早く食べたいが、これに合うコーヒーを淹れなければ。
最近飲めるようになったブラックコーヒー。

焦る気持ちを抑え、ゆっくりと丁寧にお湯を注ぐ。

さっきまでスパイスの香り一色だった部屋に、コーヒーのほろ苦い香りが溶け込む。

これで準備は整った。

テーブルの上には最高の朝食。


「いただきます」

具沢山のカスクートを、大きな口を開けて頬張る。


「んー!おいしっ!!」

ズッキーニのしょっぱさをチーズやトマトの甘味がまろやかにし、その美味しさを黄身が余すことなく吸っていて、レタスがシャッキと爽やかさを届けてくれる。
そして何と言っても、このフランスパン。
オリーブオイルがたっぷりと吸われたパンの中からジュワッと溢れ出す旨味と、表面のカリッとした食感がたまらなく美味しい。

「なんて幸せな朝食なんだろう。」

残りのコーヒーをゆっくりと味わい、幸せの朝食を堪能する。

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