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≪Art Conservation9≫The Power of Touch

"The Power of Touch" という本は、美術館の作品や文化財のハンドリングに関した本で、ロンドン大学考古学研究所名誉教授であるエリザベス・パイさんの論文が載っている。最近読み返してみて、やはり触る事って見る事では得られない情報がふんだんにあるな、と思った。

エリザベスさんには、一度は大学のオープン講義で、もう一度は美術館でお会いしたが、とても朗らかで優しい印象を受けた。講義では、もともと物づくりの家系に生まれて、小さい頃から道具を使ってものをつくる事に慣れ親しんでいた、と仰っていたように記憶している。なので、ものを触って味わう事の嬉しさや、楽しさ、重要さを体験から知っているとの事に、とても共感した。

前述の論文はこう始まる。

"Conservators handle objects (often fascinating, and sometimes extraordinary, objects) all the time, and it is easy to forget that this contact with objects and discovery of the stories they tell is not available to others."

保存修復師の特権は、ガラスケースの向こうの美術品や文化財や資料に触れることが出来る、ということだ。彼女は "ものが語るストーリー" と表現しているが、これは正にそうで、ものを修復する過程でものと対話し、その中でわかる事や触れる事で得る親密性は、何か特別な魅力がある。

そして彼女が言っている事は、そういったコンタクトは他の人には閉ざされている、という事だ。

ほかの記事にも書いたが、保存と活用のバランスは難しい。いくら触る事で学ぶことが多いと言っても、誰でも触れるように開放してしまうと、破損したり、盗まれたりしてしまう。かといって、大事だからと言って厳重に収蔵庫にしまわれて、ほんの一部の専門家しかアクセスできないものの価値って、どれ程のものだろうか?

一概には言えないけれど、私は人々がものから得た感動や衝撃、心の支えやインスピレーションを、こころの中に持ち帰る事こそに価値があると思う。それを現在の私たちに可能にし、さらに次の世代にもその価値を受け渡せるようにする事にも、バランスと難しさがある。

しかし、この論文で言っている事は、ものに触れる事をオープンにしても、ダメージを受けにくい素材はあるし、リプレイスが効くものもある。光の照射時間によるものへのダメージは必然的だが、そのリスクと同列に、触覚によるダメージも受け入れていくべきではないか、という事だ。

テクノロジーがどんどん発達していて、そういったものを使って実体験に近いものを伝えるというのも、一つの案だと思う。いずれにしても、ものに触れる事で湧く想像力や、こころが動かされる時間や機会が増えると、もっと豊かだし人間的だな、と思っている。

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