About My Son (小学校~)
2009年夏生まれの現在14歳(中学2年生)
発達グレー(ADHD/ASDハイブリッド型と思われる)
※診断を付ける事が目的ではありません意味が無いので。
何故意味が無いかはまた別の記事で書きたいと思います。
今年2月の初旬、初めてのWISC検査完了。
3ヶ月待って受診した思春期外来にて要検査と診断。
3月に検査結果がまとまる予定。
今回は小学校入学からの様子から、どういう所で「この子は発達グレーかも?」と思ったかを書こうと思います。その個所は太字で表しています。
※6年間と長いので数回に分けるかと思います。
息子小学校入学:低学年
小学校入学してすぐ息子は学童へ通う事となります。
私は仕事をしていたので学童は必須でした。
息子の通っていた小学校は集団登校が無かったため、登校に関しては朝時間のあるママ友達と交代で学校まで引率していました。
帰りは学童へ行ってから帰るので、学童から同じ方向の子達同士の集団下校となります。
ここで速攻で問題が起きました。
「4年生の男の子と息子が揉めた」との事。
”揉めた”と言うより、息子の言葉に腹を立てた4年生男の子が息子の背中を蹴り、髪の毛を引っ張って引き倒した。
と言う話を3年生女子より聞かされました。
同年齢の子達よりも語彙力に優れ、口が立つ息子が受けた小学校での最初の洗礼でした。
小学校低学年で目立った事はADHD的な行動あるあるで
・忘れ物が多い
・ものを良くなくす
・後先を考えない行動(言動)
くらいでした。
数字への執着は保育園当時のまま、入学祝いにプレゼントした大きな黒板に素数表を書いて(当時お気に入りの遊び)素数の求め方を教えてくれた時、息子の理解力に驚きました(笑)
・忘れ物は私が一緒に時間割をする事で注意散漫な所はカバー
・鉛筆や消しゴムなどのものを良くなくすのは「男の子だし、小さいから仕方がないか」と何度も買い与えてカバー
と、低学年の内は親の私が手を貸す事でカバーできる部分が大半で、息子もまだ素直に受け入れる年齢でしたのであまり目立った問題行動は起こりませんでした。
大事件発生
それまでも小さなもめ事は多々ありつつ、そこそこ平和に過ごしていた息子ですが、3年生の夏前、大事件が起こります。
それも2つ。
ADHD傾向のある息子は後先を考えずに行動するところ(危機管理が苦手)があり、それが大事件につながる事となりました。
学童で放課後を過ごしていた際、木に引っかかったボールを取ろうと気によじ登り、足を滑らせ大怪我をしたのです。
不幸にも足が滑った先に上を向いた枝が生えており、丁度足の脛へ刺さってしまうという悲惨な事故でした。傷は骨まで達し、全治2ヵ月の怪我となりました。
息子はこういった危機管理が苦手なところがあり、今でも怪我をすると少々大きなけがに繋がってしまうので困ります。
中学生の今でも自転車でこけ、鎖骨を骨折したりと危機管理が苦手な部分はまだまだ成長が遅いように見受けられます。
ADHD傾向のある人には怪我をする人が多い
息子の件でも触れた通り、ADHD傾向のある人は普通の人に比べ、怪我が多い事が特徴の一つとして挙げられます。
母親である私もADHD傾向はあり、子供の頃に頭を縫う(頭蓋まで見える傷)怪我をしたり、バイクでは飛ばし過ぎて曲がり切れず転倒・・を何度も繰り返し、小学校の頃、自転車でこけて永久歯を折ってしまう怪我を負い、、と枚挙にいとまがありません(笑)
というのもADHD傾向のある私達は不注意であったり、これくらいならいけるだろうという読みが間違っていたりと言う勘違いを良くしてしまう事が原因の一つとして考えられます。
話を戻し、この夏は色々と有り、大変な年でした。
息子の大怪我に続き私が自己免疫疾患を発症した年でもあり、思い出深い年です(笑)←今だから笑えるのですが。
この頃から息子へ手助けしていた事を減らしていき(低学年卒業の為)、息子の問題行動が少しずつはっきりしてくる事となります。
そして私も「何故そうなるのか?」を考えだすようになったのもこの頃からになります。
小学校中学年の頃から、この「何故?」と「その原因は?」について考えだすようになりました。
次回
次回、小学校中学年からの息子の例を挙げながらまた書いて行きたいと思います。