第12回目投稿「ねがいましては~に、願いを込めて」
#部活の思い出
2021年5月30日日曜日
第11回目投稿
唯李(ゆり)の気ままにさらりさらりと。
テーマは「#部活の思い出」
高校生のときの部活は珠算部でした。
そんな部があるのかと思う方も多いと思いますが、商業科がある高校だと部活として盛んなところもあります。
全国大会に参加するところとかは、学校として盛り上がっていますね。
本題に戻して、私の通っていた高校はまだそんなではなく、地味にひっそりやっているそんな感じの部活動でした。
私が卒業した後からは本格的に活動を開始したみたいです。
私としては良かったわ、そんな本格的にやられたら、叶わんわーって感じでした。
私の高校生活は親が決めて受験した高校の商業科で、部活動も親が勧めてくれた珠算部で自分の意思はありませんでした。
だから、やる気も起きなかったですね。
あの頃の運動部は、髪型にも厳しくて私は超ロングの髪でしたので、ショートにしてこないと入部はできないということで、どこにも入るところがありませんでした。
髪型も親のいう通りに伸ばしていました。
そんな反抗期もなかった私です。
何も楽しみもなく部活に参加していました。
数字が嫌いで数学なんて、超苦手でした。
でもそろばんは嫌いではありませんでした。
弾けば答えが出てくるので、考えなくもいいわけですからね。
今考えれば、電卓の方が早いし、多機能で便利ですよね。
はい。電卓派です。
そんな私でしたが、私をいたわってくださる先輩がいて、土曜日の午後勉強をみてもらっていました。
これが唯一の私の息抜きの時間でした。
親には部活があるといって、お弁当を持って学校に行きました。
テスト週間だけは、部活が休みになるのですが、家に帰ると家事が待っているので、勉強なんてできないので、先輩との勉強をする時間が唯一の楽しみでした。
陽当たりのよい実践教室で、先輩と向き合って勉強した時間を私は未だに忘れません。
恋愛感情は私にはありませんでした。
先輩もどう思っていたのかはわかりません。
お互いにそんなことにはひとことも触れたことがありませんでした。
きっと、そんな話をしたらこの関係は無くなるとわかっていたからでしょうね。
私の父親は厳しい人だったので、お付き合いなんて出来なかったと思います。
だから、お互いに何も言わずたまに逢って話す時間が楽しかったのだと思います。
部活が休みになるときだけが私の時間でした。
それ以外は、家庭の事情ってやつでした。
一、二年生のときは言われるがままに頑張りました。
おかげで履歴書にかけるだけの資格はとれましたね。
三年生になると当然先輩は卒業しているので、その楽しみもなくなりました。
そうなると、部活に励むしかないですね。
後輩を育てることに勤しむ、そんな先輩を演じましたよ。
読み上げ算の練習は、読み上げる専門で頑張りました。
だって桁が増えると入れるの大変なんですもの。
数字が嫌いな私には、授業が終わっても数字とにらめっこなんて耐えられなかったです。
ねがいましてはー、
下は4桁から、上は、9桁とか10桁とか、もう忘れちゃいましたが、集中しないと入れる場所を間違ったらおしまいですからね。
入れ直しは読み上げ算ではできないですからね。
元々好きじゃなかったから、家事の方が向いていたかもしれません。
今でも家事は得意です。
これは親に感謝すべきことなんでしょうね。
でもよい経験です。
数字が嫌いでもなんとかなるものです。
それが今では数字とにらめっこするくらい数字が大事なお仕事に従事しています。
人生はわからないものです。
今不本意な状況でも、いつか変えることができます。
諦めないことです。
私は今まで幾つも諦めてきましたが、忘れてはいなかったことが幾つかあります。
それが夢です。
夢は諦めなかったら叶えられるといいます。
まだ叶えられない夢もありますが、その夢の中にいられる自分って素敵だと思いませんか。
部活とは、あんまり関係ない話しになりましたが、好きではなかった部活があったからこそ、高校生活が成り立っていました。
そんな淡い恋心も持てなかったあの頃の自分を思い出しました。
今なら好きにやれそうですが、子供は親には逆らえないと思っていました。
苦労して育ててくれているのがわかっていましたから、私は自立するまでは親の言う通りにしようと決めていました。
だから、自立したら速効で自分らしさ満載でしたね。
反抗期がなくても大丈夫。
強く生きられます。
今日のひとこと
「ねがいましてはに、願いをこめて」
これだけいうと、すこぐいいこといってそうですね。
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なんちゃって占い🔮やってます。
一日の終わりにどうぞ。