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母の「だいじょうぶ」は信用ならん

 旅に乗り物はつきものですが、わたしの母は特に
乗り物しやすいタイプで、たびたびえらい目にあっていました。
 家族で初めて行った北海道旅行は、全行程大型バスで移動する
昔ながらのパッケージツアー。旅行会社のバッジを胸につけ、
旗をフリフリしながら歩くツアーガイドの後を追いかけて
いくあれです。
 知床、登別、釧路、十勝、小樽、札幌等々、朝から晩までてんこ盛りの日程により、バスを降りたら記念撮影とトイレタイム、移動はすべて仮眠に充てるという芸能人並みの過密スケジュールをこなしていくわたし達。
しかし連日の疲れがたまったのか、とうとう母がバス酔いし、
気持ちが悪くなってしまいました。
 バスが目的地の阿寒湖に着くなり、無言でトイレに小走りする母。
様子を見に行くと、一つだけまったく開く様子のない個室がありました。
「ママ、だいじょうぶ?」
わたしが声をかけると
「だ・・いじょ・・・ぶ・・・」と、息も絶え絶えな、今にも死にそうな
ゾンビみたいな声が帰ってきたのです。きっと、子どもを心配させまいと、精一杯のアンサーをしたのでしょう。それにしても、こんなに安心できない「だいじょうぶ」を聞いたのは人生で初めてのことでした。わたしはそっとその場を離れて、まりもの瓶詰めが並ぶお土産コーナーへと向かいました。
 それ以来、母から「だいじょうぶよ」という返事が帰ってくるたびに、
わたしはあの阿寒湖の公衆トイレを思い出すのです。


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けい
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