自己紹介①🌼幼少期〜高校生
こんにちは!
淡路島在住、自分に素直に生きるフリーランス
ゆりゆりです🌼
"自分に素直に生きる"と言っても、
元からそうだったわけではなく
(赤ちゃんの時は別として)、
いろんな出逢いや氣づきや行動があって、
大きく変化して、今があります🌿🫧
公務員を辞めてもうすぐ2年。
・なんで公務員になったの?
・なんで公務員を辞めたの?どうして辞める決断ができたの?
・これからはどうしていくの?
など、
改めて自己紹介をのこしておこうと、
書き始めることにしました🫶
何か氣づきやきっかけになりましたら幸いです♡
リアクションも嬉しいです♪
幼少期〜高校生
1994年生まれ。福井県出身。
公務員や医療職といった、安定と言われる仕事の両親と、自営業で休日なしで働く祖父母。
つまり、働き者一家に生まれました。
幼い頃は、
人数の比較的少ない保育園に預けられていたため、
保育園ではのびのびと、山の中を駆け回ったり、一輪車や竹馬に乗ったり。
大人数での遊びが始まっていても気づかなかったり、同じクラスの子はとっくに屋内遊びになっていても気づかなかったり。
気づいたら給食の時間が始まってた、なんてことも。
それでも何も言われなかったから、自由にさせてもらっていました。
小学校低学年くらいまでは、
「自由に好きなことを」「遊びも勉強だから」と言っていた親も、
少しずつ「将来のために」を意識した会話がおおくなりました。
親からかけられた、
「99点と100点は天と地ほど差があるから」という言葉を過剰に意識するように。
とても神経を使って生きていました。
だからといって、100点をとっても「小学生のテストで100点くらい当たり前だから、そのくらいで喜ばないで。」とも言われました。
どうしたら親が喜んでくれるのか、を日々考えていたんだと思います。
いい大学に行って安定した仕事に就くこと。
優秀すぎで上京したり海外に行ったりするのは寂しいから、地元で就職すること。
安定した仕事に就いている優しい人と結婚して、車で15分圏内に住むこと。
強制はしてきませんでしたが、
「こうだったらいいよね」という親や祖父母が話し合っているのを、黙って聞いていました。
「自分のすることは親が喜んでくれるものでないと意味がない」と思い込み、
やりたいことがあっても、「いかに親が同意してくれる範囲内でやるか」を、考えていきていました。
高校は文武両道を掲げる進学校へ。
全然勉強についていけなくて、だからといって部活を辞めたいという勇気もなくて、
毎日毎日時間に勉強に追われていました。
でも、時間に追われて忙しいほうが安心していた自分もいました。
頑張っていれば、何も言われないから。
(ちなみに、小学でブラスバンド📯中高は卓球🏓してたよ)
とはいえ、元はマイペースで自由を求める私。
将来やりたいことを考えていた時に、
ふとテレビに講師として呼ばれる
「管理栄養士や料理研究家のおばあちゃん」に憧れました。
フリーランスという仕事を知ったのもこの頃。
自分の好きなことをして、発信して、楽しく仕事をする。
そんな生き方がかっこいいと思いました。
つづく→
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