『エイリアンズ』 KIRINJI
遥か空に旅客機 音もなく
公団の屋根の上 どこへ行く
誰かの不機嫌も 寝静まる夜さ
バイパスの澄んだ空気と 僕の町
泣かないでくれ ダーリン
ほら 月明かりが
長い夜に寝つけない二人の額を撫でて
まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実 ほおばっては
月の裏を夢みて
キミが好きだよ エイリアン
この星のこの僻地で
魔法をかけてみせるさ
いいかい
どこかで不揃いな 遠吠え
仮面のようなスポーツカーが
火を吐いた
笑っておくれダーリン
ほら素晴らしい夜に
僕の短所をジョークにしても眉をひそめないで
そうさ僕らはエイリアンズ
街灯に沿って歩けば
ごらん 新世界のようさ
キミが好きだよ エイリアン
無いものねだりもキスで
魔法のように解けるさ
いつか
踊ろうよ さぁ ダーリン
ラストダンスを
暗いニュースが
日の出とともに町に降る前に
まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実 ほおばっては
月の裏を夢みて
キミを愛してる エイリアン
この星の僻地の僕らに
魔法をかけてみせるさ
大好きさエイリアン
わかるかい
窓が切り取った小さな夜空を、真っ直ぐ、ゆっくりと横切る蛍がいた。気前よく赤緑に点滅しながらも、町の静寂に配慮した沈黙を携えている。
飛行機、と呟く掠れた声が、少し黴臭いエアコンの温風に流される。その一片がかろうじて僕の鼓膜に届いた。
「どこ行きかな」
「宇宙」
「本当に?」
「うん、私にはわかるよ。ああやって飛んでるのは、パイロットがまだ迷ってるからだよ」
話すたびに、身体の震えが直接僕に染み込んでくる。
「えいってやれば、すぐ宇宙なの。誰しも行ってみたい場所。でも、いざとなると怖い」
僕の右腕は枕としては不合格のようだ。居心地が悪そうに頭を動かしている。艶やかな髪が擦れて、くすぐったい。
飛行機はもう、見えなくなっていた。仰向けから起き上がって宇宙進出を応援するのは今度にしよう。今は右腕を動かせないし。
「星、少なくなったね」
「昔はすごかったのにね」
「上から見たら夜景って綺麗なのかな」
星を打ち消す人工の光源たちは、時代とともに増幅し続けている。文明開化以前の人々は「夜景」という単語を使っていただろうか。もしそうだとしても、きっとそれは今と違って夜空を指していただろう。
「私、地上の星になりたい」
「どういうこと?」
白く浮かび上がる鼻筋が微笑する。
「星って、本当はもっといるのに、隠れてる。みんなから見えてないだけ。それなのに無くなったって思われてる。見えない星はね、ひっそりとしてるだけなの。私もそうしていたい。私の分まで輝いてくれる人は、たくさんいる」
でも、世界はそれを許してくれない。せっかく生きてるんだから、という無敵の枕詞を盾にして活力を強制させてくる。
「いいんじゃない?」
僕だって、そんな世界にはもう、うんざりだった。
「見えてなくたって、君はいるんだし」
「そうだね」
右手の小指で潤いに溢れた長い髪を弄ぶ。
いつの間にか、窓の向こうから月がこちらを伺っている。夜に溶け込んでいた君の実像が回復してゆく。
「いいんだ、別に」
腕の中で、人の形をした生物が控えめに静寂を冒す。
「みんなに忘れられても。だって、その人たちにとっても、きっと私にとっても、お互い結局どうでもいいんだから。直接会うことも無くなって、SNSで最近何してるかとかも知られなくなったら、それはもうその人にとって私は存在していないも同然」
「うん」
車の排気音や飼い犬の鳴く声も時々聞こえるが、それらは君の声とは違って無遠慮だった。
「昨日のバスで隣に座ったサラリーマンも、私っていう、なんだろ、人として?知っているわけでもないから、あの人からしても私なんていないのと一緒。会ったことない人なんて、もちろんそう」
月明かりが君の顔を伝う流れ星を照らしている。願い事を何回でも唱えられそうなほどゆっくりと。
「でも、お互いに大事だって思ってくれてる人は、私が見えなくても、ちゃんといるんだなってわかってくれてる。それだけで十分なの」
「うん」
僕は右腕の感覚を強く意識する。君は確かに、ここにいる。