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言とはぬ箏のうた

作曲年/2020
編成/箏唄(十三絃箏と声)
テクスト/大伴家持「世間の無情を悲しぶる歌」(萬葉集 巻第十九 4160番歌)
演奏時間/約9分
箕面市立メイプルホールの委嘱により、片岡リサ氏のために作曲。

English title: Unspoken Song of the Koto
Year of composition: 2020
Instrumentation: koto-uta (koto with voice for one performer)
on the song #4160 from Man'yoshu volume 19 by Ōtomo no Yakamochi
Duration: approximately 9 minutes
Commissioned by Minoh-City Maple Hall; performed by Lisa Kataoka



作曲ノート

 はじめてお会いする人に「作曲家です」と自己紹介をすると、しばしば「作詞もするのですか」と聞かれます。この質問をされる方にとって、おそらく、音楽イコールJ-POPなのでしょう。これは、昨今の一般的な「音楽」のイメージであるように思います。
 一方、私が日々取り組んでいるのは、いわゆる「現代音楽」の作曲です。「現代音楽」という言葉には、一種の語弊や矛盾があり、あまり好きではないので、「いまの芸術音楽」と説明したりします。
 芸術音楽とは、ひいては、芸術とは何かというと、人が生きるうえで明らかであるはずのことを、独自の手段であらためて発見する行為だと思います。私の書く音楽は、楽しむだけのものではありません。聴く人を感動させたい、共感してほしいという思いだけで音楽をつくるわけではありません。私にとって作曲とは、書き留めたい音を注意深く自らの内側に聴くことで、人はいかに音を聴くのか、人はなぜ、音という空気の振動に過ぎないものに心を動かされるのか、音とは何か、音楽とは何か、人とは何か、このような問いを自身に、そして、人類に問いかけるような行為です。
 突き詰めていくと、私はいったい何者なのかという問いにぶつかります。なぜ日本に、日本人として生まれたのだろうか。これを自問自答し、あらたに自分になるために創作をつづけます。自らの起源にさかのぼると共に、音や音楽の起源にまで立ち返ろうとしています。能謡、聲明(しょうみょう)、落語、端唄などの伝統的な音楽様式とのコラボレーションや、仏教法会、神楽や口誦芸能などの取材を重ねながら、日本と世界のあいだ、古きと新しきのあいだに、私固有の音楽語法を探し求めています。
 本日、片岡リサさんによって初演される《言(こと)とはぬ箏(こと)のうた》は、「萬葉集」第十九巻の大伴家持による4160番歌「世間(よのなか)の無情を悲しぶる歌」を歌詞とする箏唄(ことうた)です。リサさんが選歌されました。

天地(あめつち)の 遠き初めよ 世間(よのなか)は 常なきものと 語り継(つ)ぎ 流らへ来れ 天(あま)の原(はら) 振り放(さ)け見れば 照る月も 満ち欠(か)けしけり あしひきの 山の木末(こぬれ)も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜(つゆしも)負(お)ひて 風交(まじ)り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅(くれなゐ)の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変(かは)り 朝の笑(ゑ)み 夕(ゆふへ)変(かは)らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙(なみた) 留(とど)めかねつも
新潮日本古典集成「萬葉集 五」より

 「萬葉集」をあつかうことには、大いに共感しました。昨年「古事記」上つ巻の冒頭を歌詞とする声楽アンサンブルの作品を書きましたが、「古事記」や「萬葉集」を読むと、それまで文字というものを持たなかった日本語特有の音声を、中国由来の漢字を使い、なんとか正確に書き留めようとする努力がひしひしと伝わってきます。言霊の力が絶大だったのころの日本語の音声が、そこにはあります。
 私は歌詞を伴う作品を書くとき、必ず、素読から始めます。素読とは、言葉の意味を取らず、音声をそのまま口に出す作業です。今回は、二か月半かけて「萬葉集」の全4516首を素読するところから作曲が始まりました。歌を声に出し、その「すがたかたち」を感じようとします。言葉の「すがたかたち」とは、例えば、琴が、ただ、木に絃を張ったものであったとき、初めて誰かが「こと」と名付け、呼んだ、そのときの音声、言葉のいのちのようなものだと考えています。日本の言葉をどう唄うか、日本語の言葉のいのちをそのままに、どのように音をつけられるのか。これに取り組むのは、私のライフワークです。《言とはぬ箏のうた》は、萬葉の時代、当時の人々が歌をどう口に出したのか、その音声は当時の大気にいかに伝わったのか、そんなことを、まるで思い出すかのように、想像しながら書いた音楽です。
 また、《言とはぬ箏のうた》は、箏の古典的な記譜の方法、縦譜で書いていることも付け加えておきます。五線譜で作曲してから縦譜に浄書したのでなく、最初から縦譜で作曲しています。五線譜に備わる西洋音楽の構造は、箏本来の音楽のそれとは違う文脈のものです。そのことを再認識し、箏の本質に迫るため、縦譜で書くことを選びました。
 リサさんがこの作品をどのように初演されるのか、そして、皆さまにどのように聴こえるか、楽しみでなりません。
(初演時のプログラムノートより)


Performance history 
(As of 26 October 2024)

2020年12月12日 - 世界初演
《身近なホールのクラシック》DISCOVER NIPPON 箏の最先端をゆく
@箕面市立メイプルホール 大ホール(大阪府箕面市箕面5丁目11-23)
演奏/片岡リサ(箏・歌)

2021年10月27日
片岡リサ 箏リサイタル「現代音楽×箏」(令和3年度文化庁芸術祭参加公演)
@豊中市立文化芸術センター 小ホール(大阪府豊中市曽根東町3丁目7-2)
演奏/片岡リサ(箏・歌)


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