『春と私の小さな宇宙』 その44
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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宮野は男を観察した。
金髪で外国人の顔つき。青い目が特徴的だった。その男に宮野は見覚えがあった。ある論文の資料に載っていたのだ。
ロシアで生まれた第三世代。
名は確か、ミハエル。
ハルは極めて合理的な人間だ。より良い子孫を残すためなら、第三世代である彼女は同じ第三世代の男を選ぶに違いない。
二人の反応を見る限り、初対面ではなさそうだった。出会ったのは偶然ではないと考えるのが妥当である。待ち合わせをしていた可能性が高い。でなければこんなへんぴな場所で、偶然、出会うなど有り得ない。第三世代が二人、接触するのは異例だ。何もないはずがない。
何を企んでいる?
宮野は二人の動向を探った。しかし、アキが現れたあと、少し話しただけでミハエルは帰ってしまった。
論文にはこうあった。第三世代同士はテレパシーができる。直接しゃべらずとも、脳内で会話できるのだ。アキが木陰の中で二人を見ているのを、宮野は知っていた。
さっき見つめ合っていたのは、恋人の再開に胸を震わせていたのではない。アキに内容を聞かれないようテレパシーで情報を共有していたのだ。
ハルの子供。新たな第三世代。この特異な二人の接触に彼は危機感を覚えた。宮野の六感が激しい警告音を発している。自分たち第二世代は彼女たちの大きな計画の上で踊らされているのではないか。そんな気がした。
その元凶を早急に止めなければ。
彼はハルに核心を迫ることにした。彼女を自分の管理下に置けば、計画を阻止できる。あわよくば研究対象として、未知の遺伝子を研究できる。 異常な使命感と独占欲が彼を動かした。
彼女を懐柔して自分のものにする。
容易ではないが、その分、得られる利益は大きい。翌日にでも行動を開始することにした。
ハル、君は僕のものだ……。
彼の考えは間違っていない。現状、ハルの計画を止められるのは彼一人。 確かに間違ってはいない。ただ誤算があるとすれば、研究対象としてではなく、彼女に好意をもっていることに彼自身がまだ気付いていないことと、彼女の行動力を読み間違えたことだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
彼は自ら死に神の巣窟に足を踏み入れてしまったのだ。
騒動が収束し、宮野は家に入った。玄関を上がり、台所の入り口を右に曲がる。自室の前に立ち、しゃがむ。それから扉に挟んでいたものを確認する。
自分の髪の毛である。床から三十センチの上の辺りに挟んでいる。習慣化した行動だった。もし髪の毛が落ちていれば、誰かが部屋に入ったことを意味する。
彼は用心深かった。極度の潔癖症であるため、自分以外の人間の立ち入りを禁止している。他人に部屋を汚されるのが、耐えられないのだ。
一応、鍵をかけてはいるが、安心できなかった。そのため髪の毛の仕掛けを施したのである。 いまや扉の確認は日課になっている。
扉を確認した宮野は目を見開いた。今朝、自室を出た時に挟んだはずの髪の毛が消失している。
ドアノブの握り、扉を押す。すんなり木製の扉は開いた。まだ、鍵を鍵穴に差し込んで はいない。鍵がかかっていなかった。異変を感じた宮野はすぐに部屋の確認をした。
入り口近くに挟んでいた髪の毛が落ちていた。侵入者は髪の毛の存在に気付いていないようだった。本棚を見る。本や資料を動かされた形跡はない。次にパソコンを見る。マウスもキーボードも部屋を出たままの位置にあった。
何もしていない?
彼は奇妙な感覚を覚えた。自室に何者かが侵入したのは確かだ。扉の仕掛けがそれを証明している。しかし侵入者は物色をせずに部屋を出た。侵入者の目的がいま一つわからない。
もしやと思い、机の引き出しを開けた。予想通り鍵がかかっていなかった。侵入者は中のものを読んだ可能性が高かった。
ユウスケの観察記録である。
宮野の背中に冷たいものが走った。自分が行っている研究が漏れてしまったかもしれない。観察記録には直接なことは書いてはいなかったが、わかる者にはわかってしまう内容だ。
ばれれば人生は終わる。
そいつに一生脅され続けられるか、法の裁きを受けるか。 すぐに犯人を特定しなければならなかった。最悪、口封じをする必要がある。侵入者はほとんど証拠を残していない。頭のいい人物に違いなかった。
ミチコやユウスケではないだろう。その他にこの家に出入りする人物は……。
ハルしかいなかった。彼女ならば有り得る。だがそうなると、一つ腑に落ちないことがあった。はたしてあの彼女が髪の毛の仕掛けを見逃すだろうか。
疑問の渦に巻き込まれた宮野は頭を抱えた。その時、机の近くの床からあるものを発見する。
それは侵入者と断ずるには十分すぎるものだった。 侵入者は一つだけ大きなミスをした。証拠の裏付けをすれば、その人物だと確定する。
彼は二階に向かった。
続く…
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