『春と私の小さな宇宙』 その47
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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無駄話をしていたのは、ハルの要件を見抜き、宮野を講義で追い出すための時間稼ぎで ある。
相変わらず食えない男だとハルは警戒を強めた。
「助教授が計画に勘づきました。私とミハエルとの接触も知っているようです」
「そうか、宮野君がね・・・。どおりで朝から様子がおかしいと思ったんだ」
「如何いたしましょう?」
「そうだねえ~。でも、君ならもう手を打っているんじゃないかい?」
伊藤は余裕のある態度でハルを見た。まるでこちらの思考を見透かすようにうすら笑っている。
「・・・はい。誤魔化せる材料は揃えています。ですが、排除するのが最善です」
「ほう、どうやって排除するのかな?」
ひとつ上から見下ろす態度で、伊藤はイスの背にもたれかかる。 ハルはバッグから二つ、長方形のビニールを取り出した。
それぞれのビニールに「宮野」 と「ユウスケ」の文字が書かれている。その中には髪の毛が一本ずつ入っていた。
「これは宮野助教授とその息子の髪の毛です。これを鑑定して下さい」
「かまわんが、どういうことだね?」
「私は彼の息子の家庭教師をしているのですが、そのとき偶然、彼の子供時代の写真を見てしまったのです。それはその息子と、うり二つでした・・・」
「ほう」
その話に伊藤は興味を示したようだった。
思惑通りである。ハルは畳み掛ける。
「DNA鑑定で100%一致する可能性が高いです。その事実を突きつければ、こちらに干渉しなくなるでしょう。もしもの時は法的にここから追放できます」
「素晴らしい。これは鑑定しておくよ。二日、待ちたまえ。ああ、それと次の論文も仕上げておいてくれたまえよ」
「わかりました・・・」
ハルは真の報告を終え、教授室を出ようとした。それを引き止めるように背後から伊藤が声を放った。
「あ~、ハル君。さっき、君は彼の家の家庭教師をしていると言ったね? なぜ、それをいままで隠していたのかな? 隠し事は困るな~」
声に疑いの音程が含まれていた。ハルの鼓動が小刻みに振動する。
「すいません。特に報告することでもないと判断しました。お気分を悪くさせてしまいま したか?」
「いやいや、プライベートの事までは報告しなくてもいいよ。そうだったね。君は世間話を好まない人間だった。すまん、すまん」
わっはっはっは。大きな笑い声が室内に響く。伊藤は教授の表情に戻った。研究員時代の目つきが穏やかになる。
「それでは・・・」
「ああ、それともうひとつ。もしや君、わしの知らないところでミハエル君に会ってたりしてないだろうね?」
伊藤の視線が、声がハルの背に圧迫感を与える。疑念がこもった眼差しと声だった。過去、ハルが行った経緯から反逆の危険性を考慮しているようだった。
「いえ、会っていません。計画は教授がいなければ成功しませんから」
「そうかねそうかね。では行きたまえ」
満足そうに伊藤は声の調子を明るいものに戻した。
「・・・失礼しました」
ハルは教授室を出た。そのすぐ近くにある、非常階段を見る。新たな計画はすでに始まっていた。
伊藤と再開したのは、二年前の事だった。
大学構内の並木道に植えられた桜が、新入生を歓迎していた。 ハルがT大に進学したのは国内で一番レベルの高い大学だったことと自宅に一番近いからである。少しでも自分の計画を実行できる環境が欲しかった。そのために生物学部を専攻した。
だが、その判断が最悪の事態を引き起こした。
専攻した生物学部の教授が、かつて自身を実験していた研究員の男だったのだ。
十七年の時が立ち、痩せていた身体は肥大化して白髪の頭は禿げかかっていたが、当時の面影はしっかり残っていた。すぐにあの男だとわかった。
ハルはあの会議室での出来事を思い返す。多くの研究員が集まっていた。その中にあの男の姿は無かった。
男が話しかけてきた。研究員だった男はハルの顔を覚えていた。あの時、脱走した実験体が自らやってきたことを知り、笑みを浮かべていた。
そのとき、あの男の名前が伊藤というのだとハルは初めて知った。
続く…
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