『春と私の小さな宇宙』 その67
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ハルの計画はゆっくりとではあるが着実に浸透するものだった。
知らず知らずのうちに人類の遺伝子は第三世代に変化していく。ハルの死後も三重螺旋のDNAは次世代に引き継がれ、第三世代の子孫を増やしていくのだ。
いかに物事を滞りなく遂行するためには、水面下で一人ずつ味方を取り込んでいくことが肝要。それがハルのやり方だった。
「君の考えはわかった。好きにやればいいよ。それじゃ」
ミハエルは片手を上げ、その場を立ち去ろうとする。
「待ちなさい。まだ聞きたいことが残っているわ」
「なんだい?」
「なぜ、熊に襲われた時、私を助けたの? 労せず事故として処理できたし、宮野に見つからずにも済んだ。あの時点では知らなかったとはいえ、私の計画を嫌忌していたわよね。殺しておいた方がよかったはずよ」
ハルの合理性を重視した質問に、ミハエルは残念そうな顔をした。
「そんな簡単なこともわからないのかい? 君、正確には伊藤の計画だったけど、倫理に欠けていて確かに嫌悪を抱いたさ。クローン人間を量産するなんて狂気の沙汰だ。メアリーを実験の道具にされたくなかったしね」
「なら、なぜ?」
「君はもう一人じゃないからだ。おなかの中にいる子に罪は無い。君を殺してしまったらその子まで死んでしまう。そんなのごめんだね」
予測不能の答えに、ハルは思考を停止した。自身の腹部を見る。膨らんだ肉体から生命が蠢いていた。それと同時に胸の奥底から何かが湧き上がった。
「私は・・・あなたと人生を共にしたかった・・・」
ずっと内に秘めていたものが思わず溢れだした。自分が何を言っているのかわからず混乱した。
エラー発生、エラー発生。
ハルの脳が警告を発する。自身にバグが生じたのだろうと理解し、さらに混乱した。
やっと気付いたんだね。ハルの胸中を知ったミハエルは泣きそうになった。
それからしばらく戸惑い、覚悟を決めてはっきりと言った。
これがハルの聞いた、彼の、最後の言葉だった。
「君が誰も殺していなければ、そんな未来もあったかもしれない。残念だけどその思いを受け取ることはもうできないよ」
その後、この第三世代の男女が会うことは決して無かった。もう二度と会ってはならな
いとお互いに悟ったのだろう。
裏参道が続いている。終わりなど無いように。
繰り返してはいけないように。
どこまでも、どこまでも……。
10
○ 小さな宇宙
あれからハルの声が聞こえなくなった。何度強く念じても結果は同じだった。
脳内に送られてくる映像も途絶えた。ただ真っ暗な闇だけが見える。
やっぱり幻想だったのかな?
一瞬だけだけど、確かに想像してしまったのだ。ハルがまぼろしだと。
それが消去したことになったのかな?
脳内でミハエルの言葉が蘇った。
『無の世界から無限の宇宙が生まれた』
もし私の想像が無限の宇宙をつくったのだとしたら、消そうと思っただけで無の世界になるのだろうか。
無限が無になる。
それは一体なぜなのだろう。
私は胸が痛くなった。
恐らく間違ってイトウだけではなく、ハルまで消してしまったのだ。
そうだ!
想像すればまた出てくれるかもしれない。私は何度も何度もハルを想像した。
一度だけ見たハルの姿。黒くて長い髪。整ったきれいな顔。透き通るような美しい声……。
私は必死に想像した。たとえ幻想だとしても私にとってハルは大切な人だ。記憶を掘り起し、忠実にハルという人間を想像する。
想って、祈って、願った。
私の願いはいつもかなう。
だからお願い!
長い間、私はその作業を繰り返した。頭が痛くなるなどどうでもよかった。
そして、願いはかなった。
ハルが姿を現わしたのだ。私を上から見つめている。安堵した顔つきだった。久しぶりに見る本物のハルだった。
おなかが大きく膨らんでいる。あの中に私が入っているのだ。
小さな宇宙がハルの身体に詰まっている。
近くにミハエルがいるのだろうか。そうでなければハルの姿を見ることはできない。
それとも強く念じたことで別の視点から外を見られるようになったのだろうか。
とにかくよかった。
ハルを感じればそれでいい。
すると、視点が戻った。いつものハルの目線だった。教授室に警察官が見える。イトウが死んだ場所だからだろう。何かその人たちと話をして、ハルは部屋を出て行った。
『モウスグウマレル ハヤクアイタイ』
脳内の奥底からハルの声が聞こえた。優しい声だった。
私もだよ、ハル。
もう絶対に消したりしないよ。
続く…
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