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『春と私の小さな宇宙』 その28

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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ミハエルに再会すると計画を告げ、決行日を待った。

集合会議の日になると手際よく実験室を抜け出し、保管室の前でミハエルと合流した。

ハルが帰郷してからパスワードは変わっていなかった。変更されるまでの間に機関へ戻ったからだ。

記憶していた番号を手早く打ち込む。実を言うと画面に粉は付着していなかっ た。変更する番号を確認するには前の番号に付いた粉を取り除かなければならない。

そのため、確認するたびに画面をきれいに拭く必要があったのだ。あの時、ミハエルにした説明は半分ウソだった。

保管室の潜入に成功すると、あらかじめ決めていたウイルスを迷わず手に取った。勿論、 この後の事態の収拾まで折り込み済みである。

致死率の高いウイルスを選んだのは、確実に研究員を死なせるためのほかに、感染の拡大を防ぐ目的もあった。

ウイルスは宿主がいないと長く生きられない。感染した者が次の生物に接触するまでに息絶えれば、同時にウイルスも死滅する。

つまりそれは、致死率が高いウイルスほど感染力は低いことを意味していた。特に、こんな山奥の研究所に来る人間などまずいない。 一週間もすれば、広がる前に全てのウイルスは消滅しているだろう。

会議室に入ったハルは研究者たちの目の前で感染する死をばらまいた。実験でハルとミハエルは免疫ができているので、万が一感染しても問題は無い。

状況が理解できず、間抜けな顔を ている研究員たちを横目に、ハルは立ち去った。


その後は……。



『・・・これが真相よ』

説明を終え、今考えてみれば当時の計画には所々、粗が目立ったなとハルは思った。

『質問に答えたわよ。もういいかしら?』

『いや、まだだ。もう一つ、どうしても聞かなければならないことがある』

『何かしら?』

ミハエルの目が鋭くなる。

『脱走しているとき、君はこう言った。

「この後だけど、私も一緒に・・・」

『あの言葉はどういう意味だ? ボクはあの時、嫌な予感がしてとっさに話を逸らしたんだ』

ハルの心拍が上がった。

聞かれていた。

「家族の元に帰れるね」と言った彼の笑顔は作られたものだったのだ。

『おかしいと思ったんだ。ボクは君ほどじゃないけど耳がいい。実験で会うたびに、君の声質が変わっていることに気になった。奥歯の所に詰めていた粉を少しずつ使っていたから、息の当たる面積が変わってわずかに声が変わる・・・』

『それがどうかしたのかしら? その粉はパスワードを解析するために使ったと説明したはず』

『問題はその後だよ。君が二回目の帰郷を終えてボクと再開した時、声は元に戻っていた。 これはまた奥歯に何かを仕組んでいたことを表している。あの時、君は一体、何を口に入れていた? 粉はもう必要なかっただろ?』

『・・・』

ここまでばれては仕方ない。ハルはそう考え、解答を提示した。 悪魔のメッセージを彼の脳内に送信する。

『毒薬よ。トリカブトの毒』

『何のためだ? ウイルスが失敗した時の保険じゃないな。量も少なすぎるし、動く人間に投与するのは難しい。・・・考えたくないけど、僕に関係しているね?』

ミハエルの顔はさらに険しくなった。

『そうよ。あなたの想像通り、私はあなたと一緒にあなたの母国であるロシアに行くつもりだった。毒薬はその後に必要だった・・・』

計画通り機関を脱出したハルは次の行動に移った。今は無き自宅にあった本を読み、海外の知識も得られた。

ミハエルと日本を離れて彼の家に行き、彼を惑わす存在を処分しようとしたが、結局その計画は実現できなかった。


続く…


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