『春と私の小さな宇宙』 その48
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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脱走事件の日、所長をしていた彼は研究成果を学会に発表するため、海外に渡った。
事件を知ったのはその二週間後だった。
機関に戻ると、すぐに異変を感じた。所長が帰ってきたというのに誰も迎えに来ない。
研究所内を調べると実験体の子供は消え、会議室におびただしい数の死体が転がっていた。 全員、研究員だった。近くに割れた試験管が落ちてい。
伊藤はすぐに状況を理解し、 ウイルスの保管室を確認する。一番危険なウイルスが何者かに持ち去られていた。実験体の失踪と結び付ければ事態は容易に想像がついた。
その後、機関は閉鎖され、T大の教授として研究者を続けた……。
伊藤はあの日の顛末をハルに話した。ハルは話を聞きながらこの事態を解決するための方法を考えていた。
この人物はミハエルを除けば、唯一、事件の真相を知る者。確実に対 処しなければ、これからの計画に支障が出る。
「何が言いたいのかわかるよね? ギブアンドテイクといこうじゃないか。お互い助け合って仲良くやろう」
伊藤は不吉を纏った声をハルに投げかける。
「そうですね・・・」
過去に自分がしたことばらされてしまう。ハルはうなずくことしかできなかった。
その後、伊藤は論文をハルに作らせ、学会では自分が作ったことにした。脱走した優秀な実験体に良質な論文を作り出させる。ハルを都合のいい論文製造機にしたのだ。
代わりにハルは計画の一部を伊藤に打ち明け、実験の援助を求めた。ハルとしては利用するだけ利用して、時期が来たら裏切るつもりである。
それから二年の時が過ぎた。
実験は大詰めになった。ハルは頃合いだと考える。用が済んだものは処分する。それがハルの常識だった。
D棟の階段を降りたハルは研究室に入った。パソコンの前に座り、研究ファイルをクリックする。
バッグに入っているカゴを取り出す。カゴは丸く透明で中にいるモルモットの様子がよく見えた。たった数ヶ月で小さかった身体が大きくなっている。最近は食欲旺盛で食事量が増えている。丸く膨れた身体で餌をほおばっていた。
このモルモットには第三世代の遺伝子を組み込んである。しかし、いまだに変化は見られなかった。知能の向上やテレパシーによる意思疎通が可能になるはずである。が、やはり人間以外には効果が無いようだった。
データ入力が完了すると、研究室に誰かが入った気配がした。助教授の宮野である。講義が終わって戻ってきたようだ。ハルを認めると、真剣な顔で話しかけてきた。
「教授と何か話していたね? 第三世代の君が遺伝子を提供するとか」
「ええ、それがどうかしたのですか?」
ハルは落ち着いた声で質問する。宮野が声を掛け、何を言ってくるのかは予想がついて いた。
「その遺伝子、僕に寄越してくれないか。今、やっている研究と相性がいい。きっと良い研究結果が得られる」
「研究とはどんなものですか?」
そう聞くと、目を輝かして彼は早口で説明し出した。
「クローン技術の研究をしているんだ。個体から全く同じ個体を作り出す技術だ。一部は世に出回っているがそれは世界でもほんの少し。植物の栽培や食用動物に限られている。 だけど、クローン技術はもっと大きな可能性を秘めているんだ。君の第三世代の遺伝子でクローンを作れば優秀な人間を量産することだってできる。そうすれば科学はもっと進歩すると思わないかい?」
予想通りの返答だった。宮野は恐らく自分と同じ実験をしている。
いや、したのだ。その実験が失敗したから自分に協力を求めている。ハルは即座に宮野の心境を読み取った。
「そうですね。魅力的な提案です。ぜひともお願いします。ただ、教授がなんというか」
「それなら任せなさい。僕は教授の弱みを知っている。それをチラつかせれば反対できな いさ」
「心強いです。ですが心配なので、万が一の為にこれを持っておいて下さい」
そう言ってハルがバッグからあるものを取り出した。
「スタンガン? なぜこれを?」
「護身用で持っているものです。もしもですが、その弱みを聞かされた教授が逆上し、襲ってくるかもしれません。身の安全の為に持っておいて下さい」
「それは助かる。ありがたく頂戴するよ」
受け取った宮野は白衣のポケットにスタンガンを入れた。
「それと、この話を教授に話すのはもうしばらく待って下さいませんか? 以前、お話 致しましたが、家庭教師の件がひと段落してからがいいです」
「ああ、そう言えば産休するから、次で最後にしてほしいとあの夜、言っていたね。わかった。最後の家庭教師、よろしく頼むよ」
顔をほころばせ、宮野は研究室を出て行った。 自分が計画の上で操られているとも知らずに。
ハルはそっと目を瞑る。二日後のXデーを想像し、計画に穴が無いか確認する。
種は撒いた。
あとは開花の時を待つだけである。
真っ赤な花が咲くそのときまで……。
続く…
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