見出し画像

『春と私の小さな宇宙』 その40

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その後、アキの変貌は一年ほど続いた。

月日が一周し、祖父母の命日が訪れた時のことだった。二人で墓参りをしていると誰かがこちらにやってきた。

その女性は事故を起こした運転手の恋人だと名乗った。 女はハルたちに謝罪した。恋人のやってしまったことをなぜか彼女が詫びていた。

アキは無視してその横を通り過ぎた。女は追いかけてアキの前に行き、土下座した。額が地面 についていたため、表情はわからなかった。

アキは桶に余っていた水を女に浴びせた。頭が濡れても女は謝罪を止めなかった。アキは冷たい顔をしていた。ろうそくのように固まって眼球だけが女性を見つめていた。必死に謝罪を重ねる女の声は枯れかかっていた。

ハルは早く帰りたい、と心底思っていた。彼女は恋人が犯した罪を許してもらい、肩の荷を下ろしたいだけなのだ。それは恋人のためではなく、あくまで自分自身のためである。ハルは無駄な時間の流れを感じた。

固まっていたアキが動きだし、彼女に背を向けたその時だった。突如、強風が吹いた。 祖父母の墓に生けた菊の花びらが舞い、アキの頬を優しく撫でた。アキの頬が線状に濡れる。暗黒に染まった目が輝きを取り戻したようにハルは見えた。ろうそくに火が灯り、ゆ っくりと溶けてゆく。そんな感じだった。

アキは彼女を許した。女の顔は水で濡れており、涙を流しているか判別できなかったが、 上擦った声から恐らく泣いているようだった。

きつく深く絡みついた罪悪感と喪失感の鎖。 彼女たちは死者の呪縛から解放されたようだった。

それからアキは元に戻った。クラスメイトはアキの復活で活気を取り戻した。明るい笑顔を周囲にふりまき、話す者、会う者を幸せにさせる。アキは再び、皆の太陽になった。

ハルも近くにいるだけで輝ける気がした。 今の自分があるのはアキのおかげかもしれない……。



「どうしたの? ぼーとして」

「・・・ありがとう」

「え、急にどうしたの! あたし、まだ何もしてないよ?」

「気にしないで。たいしたことではないから」

「ええ~、気になるじゃない。言いなさいよ~」

「駄目よ。ほら、着いたわ」

ハルは昼間、訪れたばかりの宮野家を指した。二階に明かりが見える。ユウスケの部屋である。

ハルはかまわずチャイムを鳴らす。話をはぐらかされたのが不服なのか、アキは顔を膨らませていた。

「あら、珍しい。二人目の家庭教師?」

ミチコが出迎える。昼の出来事を微塵にも感じさせない見事な振る舞いだった。夫の宮野ノブユキはまだ帰宅しておらず、妻の不倫を知らないまま帰ってくるだろう。

「アキです! ハルの親友です! お供に来ました!」

自己紹介を済ませ、ハルたちは二階に上がった。ミチコの部屋が見える。そこであるものを手に入れなければならない。なんとしても。

ハルは一旦、視線を外し、自分に言い聞かせた。ミチコの部屋への潜入は機会をつくってからだ。急いては事を仕損じる。急がば 回れだ。ユウスケの部屋に入る。

「あ、ハルおねえちゃん・・・とだれ?」

ユウスケはハルの背後にいる人影を見て、警戒しているようだった。

「やーん、可愛い! あたし、ハルの親友のアキ! よろしくね!」

アキはハルの後ろからぴょこりと顔を出した。なぜかテンションが上がっている。子供が好きなようだった。

ユウスケは突然の訪問者に身を固めていた。 ハルはいつも通り勉強を促す。できるだけ自然に振る舞わなければ怪しまれる。教習の中でハルはチャンスを窺った。

「ねえねえ、ユウスケ君は誰か、好きな子はいないの?」

勉強がひと段落し、アキはユウスケに話しかけた。よほど興味があったのだろう、目を輝かしている。

「いないよ。そんなことにじかんをつかっているひまがあったら、べんきょうするよ」

完璧な返事だった。ユウスケは迷惑そうに答える。ハルの洗脳で表情はなく、常に効率的な思考を念頭に置くようになっていた。

「ええ~、寂しいなー。もっと恋しないとダメだよ! そうだ! アキお姉ちゃんが恋愛 について教えてあげよう。きっと彼女ができるよ!」

「そんなのいらないよ。だいたい、アキおねえちゃんこそどうなの? そういうはなしをしてくるヒトってこいびといないでしょ?」

「なっ!」

「そんなおしつけがましいからもてないんだよ」

「なっ! なっ!」

「それにハルおねえちゃんのほうがアキおねえちゃんより、すうひゃくばい、びじんだしね」

「こっ、このクソガキ! せっかくあたしが優しく教えてあげるつってんのに、可愛くな いわね! こうなったらこうだ!」

業を煮やしたアキはユウスケの脇の下に手を滑り込ませ、くすぐった。

思わぬ反撃にユウスケは声を上げて、笑い転げる。 これはチャンスだ。そう思ったハルは立ち上がる。

「ちょっと、トイレに行ってくるわ」

一人で行動できるいいタイミングだった。アキがユウスケの相手をしている隙に計画を実行できる絶妙な間である。

しかし、ただ一つの誤算は……。


続く…


前の小説↓

第1話↓

書いた人↓


いいなと思ったら応援しよう!