『春と私の小さな宇宙』 その29
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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7
「そろそろ出てきなさい」
ハルは後ろの木陰に向かって言った。テレパシーではなく、声を出して言った。
ガサガ サ音を立てて、その人物は現れた。
出てきたのはアキだった。申し訳なさそうにハルを見ている。
「ハ、ハル、ごめんなさい! あたし、なんてことを・・・。一番の親友を置いて行っちゃ うなんて・・・」
アキは勢いよく頭を下げた。彼女の瞳はすでに大量の涙で溢れていた。
そんなアキを見て、ハルは疑問に思っていた。 なぜ、謝るのだろう。どうして泣いているのだろう。
確かに熊が出た時は、顔を見ながら遠ざかるのがセオリーだ。だが、それは普通の熊の場合だ。先刻、現れたのは「穴持たず」である。
極度に飢えているため、対処法が通じな い可能性が高い。それならば、機動力を失っている自分を囮にしてその場を離れるのはいい判断だ。ハルは本気でそう思っていた。
「別に謝らなくていいわ。それより何で隠れていたの?」
「ひっぐ、ええとね。あの時、怖くなって逃げちゃったけどね、あとでハルを置いて行ったことに気づいたの・・・」
溢れ出る涙をこらえながら、アキは逃げた後のことを説明しだした。
「それでね、それで怖いけど、ハルを助けるために引き返したら、クマさんはいなくなってて・・・かわりにすごいイケメンとハルが無言で見つめ合ってて、どうしようってなって、 とりあえず隠れたの・・・」
「そう、でも大丈夫よ。彼は怪しい者ではないわ。熊を撃退して私を助けてくれたの」
「そうだったんだ! ありがとうございます!イケメンさん! 見ての通りハルは妊娠してるんです。あやうくあたしは二人も見殺しにするところでした!」
アキはミハエルの方を向き、勢いよく頭を下げて感謝した。
「あ、それとあたし、アキといいます! ハルの親友です!」
アキの勢いに押されたのかミハエルは「い、いいよ。元気のいい女の子だな」とロシア語で返した。
「え、何語?」
突然のロシア語にアキは戸惑う。
やはり、彼は状況をよくわかっている。横でやり取りを見ていたハルは感心した。
彼は母国語のロシア語以外に日本語と英語をしゃべることができる。彼の学習能力なら、そのほかの言語も勉強すればしゃべれるようになるだろう。
しかし、興味がないからそれ以外覚えない、と前に会った時、言っていた。 もし、彼が日本語を使っていたらアキのことである、自分との関係を根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。
ハルはそれを危惧していた。
ミハエルが英語を使わなかったのは、アキも大学生ではないかと思ったからだった。さすがに英語は理解される恐れがあった。
つまり、あの場面でロシア語を使ったのは、この上なく正解だと言えるだろう。
「ハル~、訳してよー。何言ってるかわからないよー」
聞き覚えのない言語に、アキはハルに助けを求めた。満ちていた涙は、だいぶ引いていた。
「もういいかしら? 真実は全て話したわ」
ミハエルの機転により、ハルは自然にロシア語で会話を再開した。これでアキが前にいても、話の内容は知られない。
ミハエルがテレパシーでの会話を提案したのも、物陰に隠れていたアキの存在に気がついたからだ。
「ところで」彼は別の話を開始し出した。
「君は宇宙が無から誕生したのを知っているかい? この世に在るもの全てが初めは無だった」
「それぐらい知っているわ。『ビックバン』でしょう。馬鹿にしているのかしら」
ハルは第三世代のロシア人を睨みつける。彼の真意がわからず、押さえどころのない苛立ちを覚えていた。
「馬鹿にしていないよ。宇宙は広い。それこそ無限にね。宇宙飛行士を目指していた時に思ったんだけど、無が無限になるのはどうしてだろうね?」
「それは無が無ではないからよ。実際には微量の分子やエネルギーがその無に充満していた。それらが集まり、ビックバンが起きた。つまり、無はその空間の総称であって、何も無いわけではない。ゼロからイチが生まれるわけがないでしょう。子供でも分かるわ」
何を当たり前のことを。
ハルはますます彼の話の本質がわからなくなった。
続く…
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