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『春と私の小さな宇宙』 その65

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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「部屋で伊藤が死んでいるのに気付いたボクは、転倒した宮野の元に向かった。彼はひどいけがを負っていたけど意識はあった。すぐに助けに行きたかったけど、警備員が向かって来ていた。ボクがやっと下りられた頃には、彼は自力で大学を出ていたんだ。校門を出ると少し歩いた所で彼は倒れていた。それから日本に滞在するために借りていたアパートへ引き入れて、応急処置をした」

「なぜ助けたの? あのまま放って置けば死んだかもしれないのに」

「あのね、君と一緒にしないでよ。普通、死にかけた人がいたら助けるだろ?」

「その割には見殺しにしたわね。さっき私が殺したのは」

「事情が変わったんだ。もう手段を選ばないことにした」

「結局、私と変わらないじゃない」

「そうだね。弁明の余地もないよ」

朝、ミハエルがテレビをつけるとT大のニュースが流れていた。巡回していた警備員が伊藤の死体を発見したようだった。ミハエルは気を失っている宮野を見た。顔を地面に打ち付け、一部が歪んでいる。骨折もしているだろう。しかし病院には連れて行けなかった。

行けば自分の身元が警察にばれ、面倒なことになるのは必至だったからだ。不法に行った体外受精の件もある。

包帯を巻くぐらいしかできなかった。奇跡的に彼のメガネだけは無事だった。

宮野は長年かけて高度な技術をつくっただけである。それなのに技術を盗まれそうになるばかりか、殺されそうになる。気の毒でしかなかった。

平穏な日常が悪意ある人間のせいで、突然、壊される。彼もまた伊藤の被害者なのだ。

そう考えていると宮野が目を覚ました。ぼんやりしていて状況が把握できていないようだった。

ミハエルはあの夜の出来事を説明した。意識が判然としていないのか彼の目は別のものを見ていた。事あるごとに「ハル・・・ハル・・・」とつぶやいていた。

一人で病院に行けるかと聞くと、宮野はR神社にハルを呼ぶように頼んできた。 

断ると、不当に体外受精していたことを警察にばらすと脅してきた。

その瞬間、宮野への憐れみが殺意に変わった。彼は伊藤との話し合いで体外受精の計画を聞いたのだ。

恋人の危険を察知したミハエルは悪魔の思考回路を起動した。


こいつは殺さなければならない。メアリーのために。

大けがを負った彼は自由に動けない。ここで首を絞めれば容易く口封じできる。

ただ、身体が言うことを聞かなかった。精神の奥底から波寄せる罪悪感が殺人を強く拒絶していたのだ。

悪魔の思考回路は別の回路に切り替わった。彼の言う通りにしよう。ニンゲンの思考回路が解答を示す。成り行きに任せれば、どのみち死ぬ。

なぜなら、彼は自ら死に神の巣窟に足を踏み入れているからだ。

そう、ハルという死に神に。


それからミハエルは宮野の要望に応え、必要な物資を調達した。それからハルを誘い出す手紙を作成し、届け、宮野をR神社まで運んだ。

「これが真実だ・・・」

ミハエルは顔をうつむき、真相を語り終えた。ハルに話すことで懺悔しているようでもあった。

「つまり、私を利用したわけね。殺人の罪悪感から逃れるために手を汚さず処分できる方法を選んだ。彼の持っていた毒では私を殺せないと知っていたから」

「そうなるね。階段の仕掛けに君の強い意志を感じた。あれで生き残っても、まだ殺
す手段を考えているだろうってね」

「まあね。けれど不慮の事故で処分するのが最善だったわ」

「彼はこのまま放置するのかな?」

石畳に転がったモノをミハエルは指差した。

「それがいいわ。逃げたはいいけど、伊藤を殺してしまった罪悪感で自殺ってところかしら」


空は青く澄み渡っている。
死体となった宮野は仰向けのまま青空を見上げていた。その濁った瞳は光を失い、暗黒の景色を眺めている。

傍らに転がったメガネのレンズに太陽光線が通過し、石畳に半透明の光の影を映し出していた。

「言いたいことは全て言った。ボクは母国に帰るよ。利用してごめん」

ミハエルはハルの横を通り、表参道の方へ向かった。

「待ちなさい。答え合わせはまだ終わっていないわ」

ハルの言葉にミハエルは足を止める。

「ほかに何があるって言うんだ?」

「前にあなた、大層な仮説を提唱したわね。宇宙は誰かの想像だと。私はその仮説を『否定する仮説』を考えてきた。それがあなたに言いたかったことよ」

「・・・わかった。聞こう」


続く…


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