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『春と私の小さな宇宙』 その33

※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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今回の映像は長かった。

それだけ熊との遭遇が印象的だったのだろう。命の危険が迫っているのだ。テレパシーを通じてハルが集中しているのがわかる。

生還するための方法を模索しているらしい。信号が幾度となく私の頭に反響していた。 多くの信号が重なり合って、何を考えているのかはわからなかった。

とにかく、ハルはすごいと思った。この短時間にこれだけの対処法を考えられるなんて、 頭の回転が早すぎる。そう考えているとハルの考えがまとまったみたいだった。

その打開策に私は耳を疑った。 なんと、ハルは熊を倒す気なのだ。いくらなんでも危険すぎる。相手はハルの背丈を優に超えている。目線が熊の胸の辺りだ。無謀にしか思えない。

熊の命をも刈り取る爪が、ハルに迫った。思わず私は目をつぶる。――そうしたかった が目は最初から閉じているし、脳内に映る映像は中断できなかった。

私の心配をよそに、ハルは攻撃を回避した。その動きはまるで華麗にダンスを踊っているかのようだった。

ハルは何か武器らしき物体を右手に握っていた。注射器に見える。そんなもので、はたして熊を倒せれるのだろうか。その時、テレパシーが届いた。その疑問を補足してくれるように脳内で響く。

どうやら、注射器には毒が入っているらしい。それを熊の口に入れて倒す作戦のようだった。

しかし、その希望は途切れた。熊は突如、冷静になったのか動きを止めた。開いていた口はしっかり閉じている。

完全に詰んでしまった。これでもうない。熊を倒す手段が……。


『シカタナイ ワタシノホウガヨワカッタ ソレダケノコトヨ』


ハルの敗北宣言が私の脳に響き渡る。

そんな、嫌だ! あきらめないで! 死んだらダメ!


その間際、新たな映像が送られてきた。

今の映像ではない。過去の映像だった。

アキの後ろ姿が見える。ふいに振り向き、こちらにまぶしいほどの笑顔を向けた。

なんで……?

なんで、最期にあんな人間を思い浮かべるの?

無慈悲にも鋭い爪がハルの喉元に届く。 ハルがいない世界なんて私は耐えられない。

オネガイ! ハルヲタスケテ!


私は必死に願った。するとその願いがかなったのか、熊は突然、よろめいた。

ハルは無事だった。映像にだれかが、熊とハルの間に立っていた。その人間は金色の髪をしており、熊と変わらない背丈の男だった。

男がハルを見る。外国の顔をした男で、青い目を向けてこちらに微笑んだ。なぜか私はそれを見て安心した。

あっという間だった。
男は一瞬で熊を撃退した。鼻をくじかれた熊は、森へ消えていった。

男はミハエルというロシア人だった。ハルや私と同じ第三世代の人間らしい。

ミハエルの情報がテレパシーで伝わってくる。ハルが唯一、認めた人間のようだ。

どうりで見た瞬間、安心したはずだった。ハルが彼を見て、温かい何かが溢れていたからだ。

なんだか私も温かくなった。 ハルとミハエルは子供の時からの関係らしかった。共に同じ施設で育ち、お互いの才能を認め合った仲のようだ。

『キミノモクテキヲシリタイ』


ミハエルの信号が届いた。第三世代同士はテレパシーで会話できる。私の頭に直接、彼の声が聞こえたのは、彼が間違いなく第三世代であることの証だ。

ミハエルが話を切り出すと、黄と黒を思わせる何かが私の脳内に送られてきた。肌がピリピリする。ハルが警戒しているようだった。

そこからの交信は、私からすれば長く感じられたが、外の映像を見るにわずかな時間の間に、全ての会話が成立していたらしかった。

日はまだ沈み切っていない。 二人ともテレパシーに慣れているだけあって早かった。はっきり聞こえていたにも関わらず、内容を完全に聞き取れなかった。

大体の感じだと、ハルはいらないものを処分した。 それがミハエルには許せない行為だったらしい。

よくわからなかったが、どう考えてもハルの行動は正しいと思った。人間は使い終わったものや不要になったものをゴミ箱に捨てる。最終的に燃やして処分する。それとハルの行動のどこが違うのか。要領を得なかった。

完璧なハルが間違ったことをするはずがないのだ。 その時、映像が切り替った。ミハエルの姿が消え、代わりに女が現れた。

白い服を着た女だった。整った顔をしており、おなかが異様に膨れている。

その人物がだれか。私はすぐに確信した。

ハルだ!

間違いない。あの食器棚のガラスに映っていた人間と同じ容姿をしている。

ついに、私の願いがかなったのだ!

でも、なんで急に見えたのだろう?

答えは簡単だった。ミハエルも第三世代。ハルと同様、彼の見た光景が私に送られてきたのだ。それほどハルの顔が印象に残ったにちがいない。

ハルは考えていた通り、美人だった。黄金比を思わせる顔立ちがより完璧さを引き立てていた。

あの膨れたおなかに私が入っている。

なんだか不思議で、それでいて私がハルの子供だという確かな実感が湧き、胸が躍った。


続く…


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