『春と私の小さな宇宙』 その7
※ジャンル別不能の不思議な物語です。少し暗め。
※一人称と神視点が交互に切り替わります。
以上が大丈夫な方だけ閲読ください。
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生物は進化の過程で遺伝子の形態を幾度も変えてきた。 研究者たちは生物の遺伝子を特性上、大きく三つに分類した。
性別がなく、無性生殖する単細胞生物が第一世代。
有性生殖し、二重螺旋のDNAを持つ者、つまり人間や動物などが第二世代。
そして第二世代から進化し、ハルのように三重螺旋のDNAを持っている者を第三世代とした。
その第三世代のためにハルは実験を開始したのだ。
実験の目的は主に二つ。
一つは、第三世代を人為的に増やすこと。最終的には地球上に住まう人間を余すところなく第三世代にする。全ての人間がさらなるステージに上がり、無駄を排除し、効率よく生命活動をする。不要な感情を取り除き、平和で合理的に生産性を高めていく社会にする。
二つ目は、人間以外の生物も第三世代にすること。好き勝手に動き回る動物や昆虫などもテレパシーによる制御が可能になれば、飼育、駆除がやりやすくなる。
モルモットの実験は後者である。 多くの人間は倫理が欠けていると意味不明な理屈を並べるだろうが、それは多数派に属する者のエゴにすぎない。
このモルモットには第三世代のDNAを組み込んである。適合すれば知能が格段に上がり、テレパシーでの会話も可能になるだろう。
通常は第三世代の遺伝子を手に入れるのは困難である。世界に数人しか存在を確認されていないのだ。わざわざその貴重な遺伝子を一介の女子大生に、提供する物好きはまずいない。
だが、ハルならばその問題を容易く突破できる。なぜなら自分自身が第三世代なのだ。
欲しいときに好きなだけ、貴重な遺伝子を自身から入手できる。 今回の実験で使ったのも当然、自身から採取したDNAだった。 そして、その前の実験で行った、自分の中にいるモノにも……。
研究の成功は新人類への懸け橋になる。 ゆっくりとではあるが、着実にハルの計画は進んでいた。
2
○ 小さな宇宙
しばらく調査を開始して、外の様子がおぼろげながらに見えてきた。 もちろん、目で見えたわけではない。状況を把握しつつあるということだ。
外界からの音や振動が私に新鮮な情報をくれる。そのわずかな情報を手がかりに分析するのだ。
どうやら、この壁の向こうにはニンゲンと呼ばれる生物が存在し、外の世界の支配権を握っているらしい。
ニンゲンとは人間。
人間とは人。
私は得た情報を反芻する。外で生きるためにはニンゲンの生態を知る必要があるようだ。
今現在、最も私の近くにいるニンゲンは「ハル」。気がついたときからハルの音が聞こえる。
ハルが私をここに閉じ込めているのだろうか。何者なのか、私をどうするつもりなのか、 知りたい。
もう少し時が経ってからわかったことなのだが、生物が発する音を「声」というのだそうだ。互いの意思を伝える手段らしい。
私も声が出せれば、だれかにここから出してもらうように頼めるのに。 残念なことに私の口は目と同じく役割を果たしてくれなかった。どんなに開こうとして も、その柔らかな唇は固く閉ざされたままだった。
本能的に拒否しているようだった。 この世界を満たしているのは暗闇だけでない。確かにあるのに掴めず、身体中にまとわりつく液体。
恐らく、口が開かないのは私を包む大量の液体が口に入るのを防いでいるからにちがいない。
ニンゲンは「名前」というものをつける風習があるようだった。 名前とは、個々を判別する記号のようなものらしい。 私が現在、知っているニンゲンの名前はハルを除いて四匹。いや、ニンゲンは自分たちを一人、二人と数えていた。 ならば、四人だ。
「アキ」、「ミヤノ」、「イトウ」、そして、「ユウスケ」
つねに私の近くにいるハルというニンゲンは、この四人と何らかの関わりがあるにちがいなかった。
さらに、彼女は自分を「ハタチ」とも言っていた。 それは名前とは別の呼び名なのだろうか。それとも、ニンゲンは一人に複数の名前がある生き物なのだろうか。
だとしたら、ニンゲンの数をどう知ればいい? 一体、どれほどのニンゲンが生息しているのか私には見当がつかなかった。
こちらに接近するニンゲンを察知した。この声はアキだった。 無駄に声が大きいからすぐにわかった。よく聞こえる耳を持つ私には耳触りだが、おかげで話の内容がよく聞こえた。
アキの話す内容はいつも似たような事だった。それでも重要なことが明らかになった。 性別である。ニンゲンはどうやら二種類に分類されるようだ。
「男」と「女」である。
アキがよく口にするフレーズだ。 これまでの知識と照らし合わせる。 生物の性別はオスとメスに分かれる。オスが男、メスが女だとすると、ハルとアキは女だ。ミヤノ、イトウ、ユウスケは男だと思う。 恐らく、声が高いのが「女」、低いのが「男」でまちがいないだろう。
彼女たちは「言葉」を操っていた。 自身の意思を声にしてあらわすものらしい。私がずっと頭の中で思っている、この思考も言葉なのだろうか。
ニンゲンによって言葉の使い方がちがった。
「ハル」は静かで、落ち着いた心地よい声とすっきりとして無駄が一切無い簡潔な言い方をしていた。私は、そんな言葉を使うハルが大好きになった。
一方、アキときたらひどいものだった。耳につく大音量と汚い声。それに加えて、不可解で不規則なしゃべりがたびたび理解の範疇を超えてくる。
ただ、それ以上に信じがたいことがあった。 事もあろうに対照的であるこの二人が一番、一緒にいる時間が長いのだ。 あれほど冷静で物静かなハルが、よりによって騒音まき散らすアキを選ぶなんて……。
不思議だ。ハルはアキのどこがいいのだろう。 謎は深まるばかりだった。
言葉は自分の思いを伝えられる。 それは良いことだと思った。 この言葉を完全に覚えることができれば、この闇に覆われた世界から抜け出す糸口を掴めるかもしれない。 話すことができれば、ハルと「友達」になれるかもしれない。
「友達」とは一緒に会話をしたり、考えを共有できる相手らしいのだ。 なんて素晴らしいことなのだろう! 大好きなハルとしゃべりたい。 私の胸が激しくバクバクと波打っている。
こんなことは初めてだ。
私の身体の中で「何か」が湧き出している。嫌な気はしない。それどころかとても温かくて気持ちいい。
早くハルに会いたいな……。
続く…
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